その12
俺の腕時計はLEDの緑色の文字で、
”0:00 AM”
と浮き上がらせていた。
勿論一人じゃない。
場所は世田谷にある、ファミリーレストラン。
だが、店のドアには、
”誠に申し訳ございませんが、〇月×日を持って、当店は閉店させて頂きました”
と看板が出ている。日付は半年以上前のものだ。
そう、この店はもう閉店、つまりは建物だけが残り、店としての体を為していないのだ。
俺と彼女は入り口近くのボックス席に腰を掛けた。
彼女、つまりは佐伯菜穂子である。
当り前だが、店の中は真っ暗で、灯りと言えば月明りだけ。
待ち合わせ場所にここを指名したのは彼女自身である。
何でも、昔まだ小高家が一つの家庭だった頃、よく家族連れで食事に来たのがここだったという。
彼女は俺の隣に膝を揃えて座り、肩から下げていたバッグを傍らに置いた。
10分もしなかったろう。
店の前の駐車スペースに、一台の車が入ってくるのが見えた。
菜穂子は少し緊張したのか、身を固くする。
車からは3人の人物が降りて来て、そのまま店内に入って来た。
小高ルリ、進一、進二の姉弟だ。
三人が入って来た時、菜穂子は急に立ち上がり、まるで主君を迎えるように深々と礼をした。
三人は菜穂子の顔をちらりと見ただけで、そのまま俺達の前の席に座る。
一番奥にルリ、その隣に進一、そして進二の順だ。
俺は三人を一通り見てから、シナモンスティックを咥える。
『久しぶりね・・・・』
小さな声で菜穂子が言った。
『あてつけのつもり?』
ルリが煙草を咥え、ライターで火をつけ、煙を宙に向かって吐くと、明らかに嫌味の混じった声で言った。
『こんな店に呼び出したりしてさ』彼女はまた煙を吐いた。
菜穂子は下を向き、ハンドバッグを引き寄せる。
『ごめんなさい。他に適当な場所が見つからなかったものだから・・・・』
『今更何を言われたって、僕らはあんたを許すつもりはないぜ』
『そうだよ。今後もあんたが生きている限り、僕ら
ハンドバッグの口金に手を掛け、開いて中に手を入れる。
俺は彼女が何をしようとしたか、すぐに察しがついた。
シナモンスティックを投げすて、菜穂子の右手を掴む。
苦痛に顔を歪ませた。
彼女の右手には、鈍く銀色に光る、ブローニングM1910が握られていた。
俺は彼女の手首をねじり上げ、そいつをテーブルの上に落とした。
殆ど同時に、進一と進二が拳銃を出し、銃口をこちらに向けていた。
彼女は古びたテーブルの上に突っ伏し、泣き声を上げる。
だが、その時には俺ももう既にM1917を懐から抜いて、銃口を連中に向けていた。
『なんで・・・・何で止めたの?私は私なりのやり方で決着をつけたかったのに』
泣き声の間から、彼女がそう言って叫んだ。
『悪いが、俺は探偵だ。犯罪に加担することは出来ん』
俺の言葉を待っていたかのように、壊れかけたドアが荒々しく開き、バッジを突き付けながら私服を先頭に警官が三人押し入って来た。
『銃を捨てて手を挙げろ。動くんじゃない』
俺も、三姉弟も、素直に拳銃を捨て、両手を挙げる。
従わなかったのは、菜穂子だけだった。
彼女はまだ泣いていた。
低く、細い声で、その泣き声だけが、がらんとした店内に響いていた。
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