その11

 翌日、俺は佐伯邸に出向き、依頼人夫婦の前で、レコーダーの音声を聴かせた。

 夫の敏也氏は、不機嫌そうに横を向いていた。

 菜穂子夫人は下を向き、膝の上で両手を組み合わせ、肩を震わせている。

 一通り録音を聞かせた後で、俺はスイッチを切った。

 すると、

『何故、貴方はこれを持って、警察に行かないんです?』と、なじるような口調で俺に言う。

『私が警察に行ってどうするんです?被害者は貴方たちご夫婦です。こっちはただの私立探偵にすぎません。それに証言だけでは証拠にはならんのですよ。物証を固めるか、裏付けを取らないとね』

 俺は素っ気ない口調で答え、レコーダーからメモリーカードを取り出し、テーブルの上に置いた。

『これは差し上げます。私の名前を出してくれても構いませんから、警察に行くなり、弁護士を立てて訴えを起こすなり、お好きなようになさって結構です。それから、探偵料ギャラについてですが、ご主人は私の仕事がご不満のようですから、基本料は結構です。必要経費だけお支払い下さい』

 それでは、といって立ち上がろうとした俺に、

『待ってください』

 顔を上げ、菜穂子が呼びかけた。

『依頼したのですから探偵料は全てお支払い致します』

 きっぱりした口調である。

『おい、何を言い出すんだ?!』

 佐伯氏が気色ばんで彼女を見る。

 しかし菜穂子は構わずに言葉を続けた。

『お願いがあります。私を、ルリや進一、進二に会わせてください』

『止せ、向こうは君の子供とはいえ、殺したいほど憎んでいるのは確かだ。危ない目に遭っても・・・・』

『博は入院させました。幸い今のところは落ち着いていますけれど、その方がいいと思ったからです。でも、あの三人も私の子供なんです。だから私の口から話がしたいんです』

『止せといってるんだ!』

 佐伯氏は立ち上がって拳を震わせる。

 それでも菜穂子は続けた。

『赦しを乞うつもりはありません。ただ会いたいんです。それだけです。ですから乾さん、貴方に是非付き添って貰いたいんです。』

『・・・・ご主人もおっしゃったように、三人は貴方に会ったら何をするか分かりませんよ。それをご承知の上で』

 彼女は黙って頷いた。

 目の中には決心の炎・・・・陳腐な表現で申し訳ないが・・・・が、燃えているように、俺には見えた。

『よろしい。それでは向こうにはそう伝えます。本来ならばボディガードなんてお断りするところですがね。お引き受けします。但し、危険手当はいつもの倍増しでお願いいたします』

 俺はそこで佐伯氏を見て、

『奥さんはこうおっしゃってますが、ご主人、貴方はどうします?』

『私は知りません!勝手にすればいい!』

 そう言って彼はそのまま居間を出て行ってしまった。

 

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