その6

 東中野の駅から10分ほどいったところに、そのライブハウスはあった。

 主に若手や、売れないお笑い芸人たちが自分のネタを見せ合う場として結構知られており、ここからメジャーの舞台、つまりはテレビなどに出て行ったのも珍しくない。


 客席はそれほど多くなく、凡そ50人も入れば一杯という程度だったが、それでもこの新型ナントカのご時世にも関わらず、客席は満席とまではいかなくても、ほぼ半分以上は埋まっていた。


 舞台の上にいたのは芸名を”ロンリーシンジ”というピン芸人(コンビを組まず、一人で演じる芸人のこと)で、言うまでもなく、小高進二・・・・佐伯菜穂子の次男である。


 ピン芸人というのは難しい。 

 一人で持ち時間10分の中で、如何に少ないといえど、観客の目線を惹きつけなければならないのだから。

 面白くなければ客席がざわつき、挙句は途中で席を立って出て行ってしまう。

 俺はお笑いというものにはさほど詳しくはないが、しかし彼の芸はなかなかのものだった。

 時事ネタや街中でよく見かける風景などをおりまぜつつ、真骨頂であるモノマネを入れて、客を沸かせるのだから。

 モノマネとはいっても、誰でも知っている有名人ばかりではなく、どこにでもいる市民を演じ”ああ、そういえばあんな人いるなぁ”と客に思わせるというのが得意のようだ。

 

 50人の観客は舞台に集中し、彼のネタの一つ一つに爆笑していた。


 何度かライブを観に来ていた大手芸能プロダクションのスカウトやら、テレビ局のプロデューサーに声を掛けられたが、彼は何故かそれらを全部断り、陽の当らないこの地下のライブハウスのみに立ち続けている。


 持ち時間が過ぎても拍手が鳴りやまず、彼は全ての出演者の芸が終わった後、アンコールまでかかったくらいだ。

 俺はそのまま外に出て、楽屋裏の出入り口で待っていると、そこで再び驚かされた。

”出待ち”がいたのである。

”出待ち”というのは、お気に入りの芸人が楽屋入りする時や帰る時に待ち構えていて花束や贈り物を渡すファンのことだが、そこにいたのは殆どがロンリーシンジ。つまりは小高進二が目当てだったのだ。


 30分ほど待っていると、彼が他の芸人たちと固まって出て来た。

 彼をめがけてやって来た10人ほどのファン(無論女性ばかりだ)から、プレゼントと花束を贈られ、彼は一応表面上は愛想良くそれらを受取って挨拶をすると、そのまま表通りに出て行こうとした。

『なかなかの人気ですな』

 俺はそう言って声を掛け、探偵免許ライセンスとバッジを見せ、自分の目的を明かした。

『つまり、僕が兄や姉達と組んで、あの女と男に嫌がらせをしているというんですか?』

『違うのかい?』

『そうだ。と答えたらどうするつもりですか?僕を警察に突き出すとか』

 彼は表情を変えず、俺の目をまっすぐに見つめた。

 こっちの腹の中を見透かしているような、そんな感じだった。

『俺はただの探偵だからね。逮捕権は一応はあるが、証拠がなくちゃそれも出来ない』

『あの人に会ったら伝えておいてください。僕も姉も兄も散々苦労したんです。全部をそっちのせいにするつもりはありませんが、落とし前だけはつけさせて貰います。でないと僕らの気が済みませんからってね。』

 彼はそれだけ言うと、失礼します。と頭を下げ、その場を去った。

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