その5
その家は調布市にあった。
いや、正確にいえば、家はもう無くなっている。
更地になってしまった土地に杭が打たれ、太い針金のフェンスが張り巡らされてあり、
”無断立ち入りお断り”の看板と、
”売地、ご連絡は以下に”
として、管理会社の電話番号と名前が大きく書かれた札がぶら下がっていた。
そこは佐伯菜穂子・・・・前の姓を小高菜穂子が、前夫との間に設けた三人の子供のうち、下の二人の男子が養子に貰われた先の叔父、即ち菜穂子の前夫の弟にあたる人物が住んで居た家があったところだ。
『ああ、小高さんね。今から二年ぐらい前だったかな。ご主人と奥さんが相次いで亡くなられましてね。息子さん二人の手で売りに出されたんですよ。お兄さんは当時まだ高校三年生、弟さんは三つ下だから、ようやく中学三年生でした。二人とも遺産を全部現金に変えて、そのままどこかに引き払ったみたいです。
息子さんたちが養子だったなんて、近所の人間は誰も知りませんでしたよ。ええ、ご夫妻が亡くなった後で、息子さんの口から聞かされて初めて知ったくらいでしたからね。本当に仲のいい親子でしたから』
近所の何軒かに聞き込みに回ったが、どこでも似たような答えしか帰ってこなかった。
二人の息子は、長男が進一、次男が進二といった。
両親が亡くなってから、二人の行方は誰も知らない。
唯一仲が良かった少女が近所もいたが、彼女には、
”学校を辞めて働く。必死になって働けば、中卒だって生きてゆけるさ”と語っていたことが分かった。
他に何か知らないかと聞いてみたところ、
弟の進二の方は、モノマネが上手かったとかで、良く学校で先生や友達の口真似をしていたという。
ある時などは担任の教師の声真似をして、自分をいじめたことのある不良の家に電話をかけて蒼ざめさせたなんてことがあったそうで、兄の方進一の方はと言えば手先が器用で化学実験を趣味にしていたらしい。
後は本当に平凡な二人で、それ以外で耳目を集めることはなかったという。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次は姉、つまりは菜穂子の長女である、ルリの足取りだ。
ルリは両親が離婚してすぐ、折角進学した大学を中退し、都内を中心にあちこちを転々としていた。
大都会で女が一人生きてゆこうとするならば、その進路は大体相場が決まっている。
西銀座にあったキャバクラを振り出しに、中野、新宿、そして吉原・・・・この辺までくると、細かく俺が書き記さなくても、諸君らだって、
”なるほど”と頷かれることだろう。
しかし、どこに行っても彼女の正体は変わっていた。
あるところでは”無口で客商売には向かない地味なタイプ”だったり、あるところでは”男を手玉にとってがめつく稼ぐ女”だと言われていた。
ある有名な暗黒街の親分さんの愛人だったこともあったなんて話も耳にした。
しかし未だにその正体ははっきりとつかめていない。
”どうしたもんかな”と思ったが、投げ出すわけにも行かん。
何しろ俺は天下の一本独鈷なんだからな。
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