その4
離婚してから丁度一年半後、二人は法に則り正式に再婚をした。
丁度子供(男の子だそうだ)も生まれていたし、俗にいう”出来ちゃった結婚”だったが、彼女の中には”幸福”の二文字しか浮かばなかったという。
子供が生まれて間もなくの事、前夫の元に置いてきた娘から手紙が来た。
これまで幾度か便りを出していたが、一度も返事は来なかったので、嬉しさ半分、不安半分で封を開けた。
”お父さんは亡くなりました。私はもう成人していますから、大学を辞めて働きます。弟達は叔父さんの家で面倒を見てもらうことになりました。家は売ることにします。貴方が残していったものは全部処分しました。”
無感動で事務的な文字でそれだけが記してあったという。
驚いた彼女は、息子二人が身を寄せたという前夫の弟の元に連絡を入れてみたが、
”二人とも元気だが、貴方には会いたくないと言っている。頼むからそっとしておいてくれないか”と、電話口で告げられただけ、姉の方はと言えば、連絡先は分からずじまいだったという。
菜穂子はここに至って、初めて自分のしてしまったことの罪深さに気づいた。
一人っ子のお嬢様として育ち、幼い頃から欲しいと思ったものは何でも自由に手に入るという生活を送って来た彼女にとっては、佐伯と関係した末離婚をしたことも、結果的に子供を棄ててしまったことも、それほど大袈裟に考えてはいなかったのである。
菜穂子は俯いて泣き出した。
店にいた客やウェイトレスが振り返るほど、大きな声だった。
彼女はその後、何度も子供たちと連絡を取ろうとした、しかし現在の夫である佐伯氏はそれを快く思わなかった。
彼は大学を卒業し、ある有名な建築設計事務所に入社し、そこでも頭角をあらわして、人生全てが順風満帆の時だったから、自分の妻が捨ててきた子供について考えたり喋ったりするのが気に障ったのかもしれない。
彼女も夫を失いたくないと思っていたから、出来る限り子供たちのことは考えないようにしたが、気づいてしまった後は、やはり頭をもたげてくる。
彼女が子供について話そうとすると、あからさまに夫の機嫌が悪くなった。
次第に夫婦関係も上手くは行かなくなってくる。
そんな時に起こったのが一連の事件だったというわけだ。
『要するに貴方は、この事件に娘さんや息子さんが関わっていると、そう思っておられるわけですな?』
俺の言葉に、彼女はしゃくり上げながら黙って頷いた。
『・・・・分かりました。手がかりを下さって感謝します。しかし、もし娘さんたちが今回の一件に何らかの関係があったら、どうします?』
『今更こんなことを言える筋合いではないんでしょうけれど、私で出来る事なら、どんな償いでもします。お金・・・・いえ、私を殺したいと思うなら、そうしても構わないとさえ思っています』
心の底から絞り出すような声だった。
今時甘っちょろいとは思ったが、まあ分からんでもない。
『では、当たってみましょう。』
俺はシナモンスティックを咥え、立ち上がり、店を出た。
しゃくり上げている彼女と、胡散臭そうに見ているウェイトレスを尻目に。
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