食べられない君が好き
私は食べ物を食べられない病気にかかっている。
例えば、皿に餃子が6個と置いてあることにしよう。匂いを嗅いだだけで満腹感が6割、1個食べたら胃は限界に達してしまう。これが高校生から発症した、私の現状だ。
だから昼休みの時間は、みんなが食べてる弁当の匂いを避けるために屋上へ来ている。
「こんな病気じゃなければ、私もあそこに……」
庭で仲良く食べてる同級生を見ながら、今日も医者から勧められた食欲を促進する薬を飲み干す。薬の効果は無いに等しい。
空を見上げて、果てしなく遠い宇宙に思いを馳せる。あんな風に広大な食欲を、私に恵んで下さいと神に祈りを捧げても、私の腹の音は鳴らない。
「そうだ。見るのがダメなら、見ないで食べればいいんだ」
ふと思いついた名案。鼻に摘んで食べる事の自体がダメなら、食べ物があるように食べれば空腹感を満たせるかもしれない。
「まず、ここにラーメンがあります」
私は、ありもしないラーメンをお盆に置いてあると想像する。空虚を描いて円を作り、割り箸を割る動きをして、手を合わせして食してみる。
「ずるるるる、おっ、これは出汁が効いてる魚介系のスープですか」
味がないスープを飲み、空気の味しかしない麺を啜る。誰かが見たら間違いなく変人に見られるだろうが、将来的に食べれるようになる練習にはちょうどいい。
「……うまい」
美味しい。酸素だけを食べてる筈なのに、思った以上に美味しい!!
私は割り箸を持ちながら、ラーメンを食べるのが止まらない。実際には存在しないラーメンが、こんなに食べれるなんて生まれて初めてだ。
「ごくごく、ぷはっーお腹いっぱい!!」
ついには、スープもを飲み干して完食。ご馳走様でした、と何もない食べ物に向かって深く手を合わせして、お腹をさする。何も食べてないのに、本物の食べ物を食べている時より美味であった。
「いけるぞこれ。私いける!!」
その後、昼休みに屋上に上がっては何度も酸素を食べ続けた。
極上のフルコース、フレンチ料理、イタリア料理、様々なグルメ本を熟読して想像して、手を合わしていただきます。今では写真を見るだけで、涎が出てくる。
そして、1ヶ月間続けると。
「腹の音が鳴った……やった!!」
念願の腹の虫が鳴ることに成功したのだ。大きな進歩を祝して、今日は格別に満腹になるために用意した、特上の寿司を頂くとしよう。
「それじゃあ、いただきます」
「君って、本当に美味しく食べるんだね」
屋上へ入るドアから、男の声が聞こえる。同じクラスではない、知らない人に声をかけられて……しかも私が食べてる姿を見られた!!は、恥ずかしい!!
「あっ、あの……」
「いいよ続けて。僕ね、君が美味しそうに食べてる姿を見るのが好きなんだ!!」
「は、はい?」
好きって……それって異性として好きってことなのかな。スマホを取り出して写真なんか撮ろうとしてるし。
「あの……私、本当は食べ物を食べられないんですよ?」
「知ってるよ。1週間前から見てたもん」
「ちょっと!?ずっと見てたんですか!?」
「だって、あまりに1人で美味しそうに食べてるから、邪魔しないように黙ってたんだ」
何も言い返せない。確かに、1人だけ何もない場所で、美味しい、美味しい、と食べてるのを考えたら……。
「恥ずかしがらないでよ、そんな食べてる君を見たのが好きになったんだからね」
あまりに素敵な台詞で、耳まで真っ赤になる。私の食べてるのを見るのが、そんなに好きならと応えるように、寿司を醤油につけて口に運んでみた。
「うーん、やっぱり美味しい!!」
「あぁ、いいよその表情!!」
「あの……そんなに好きなら、もっと食べてあげましょうか?」
「いいよ続けて!!」
不思議な空間だ。
何もないものを食う私と、それを見るのが好きな彼。
うーん、顔も悪くないし案外、この人と付き合ってくれたら楽しいかも。
何より、私が嫌いだった食べることを好きって言ってくれたのが、嬉しい。
「綺麗だよ……本当にたべるのが」
「そこまで言われると、照れちゃいますよ……」
「嘘なんかじゃないさ。でもね」
私は喜びで体がポカポカになりながら、彼の言葉を耳に受ける。どんな姿でも受け入れてくれる人って、やっぱりいるんだなぁ。
そう思いながら見て、彼の方に向くと私は凍りついた。
「きっと実際に食べてる姿を見るのが、もっと美しいと思うんだ」
彼の手元には、コンビニ売られている弁当があったのだ。違う、私が求めてる態度は酸素だけで良いことを、この人はわかっていない。
「いや、無理ですよ!!私は食べれないんですって!!」
「1週間、いや君はそれ以上に努力してきたんだろ!!なら君は大丈夫だ食べれる!!そして僕は、実際に食べてる君を見てみたいんだ!!」
あまりの熱意に本当に食べられてしまいそうな。いやいや無理無理!!ぶっつけ本番なんてできない!!
それに彼だっておかしいよ。ストーカー体質の彼を好きなる私も変だが、食べてる私を好きになる変態と付き合うなんて、どうかしてたわ。
でも、本気で食べてみたら私が食べられるような体になってるかもしれない。そうなれば、彼にとっても私にとっても本望だ。
「じゃ、じゃあ一口だけ……」
彼の言われるがままに口にするのが嫌だが、これも自分のためだと言い聞かせて割り箸を受け取る。
手の質感からわかる木の触り心地が、本物の証明だとわかる。彼が弁当の蓋を開け、空気ではない食べ物の嫌な匂いが私の鼻の中に入ってくると、もう満腹になる。
そして私は、彼が渡してくれた生姜焼き弁当に添えてある、ご飯をひと口だけ食べた。
「あっ、美味しい」
「ほらね、大丈夫でしょ」
「本当に大丈夫だったんだ!!ありがとう!!私たべれる!!」
私は喜んだ。胃の底から押し上げてくる逆流に気付かず、叫び声を上げたと同時に。
「うええええぇ!!」
朝食のパンから、全ての胃液を彼の前で吐いてしまった。
「ああ!!良いよ、その表情!!」
「そ、そんなことより助け…おえっ」
「君が吐いてる姿を一度だけでも見たかったんだ!!食べてるのも良いが、やっぱり吐いてる姿も美しくかったね!!」
め、目が回る……頭が痛い……黙れこいつ……
「ほら、もっと苦しい表情をみせて!!」
大腸から液体が戻されてるような感覚がする。排便すら出てこない状態だ。吐くのが、止まらない。こいつ……写真を撮るなら、レンズの奥まで焼き付けてやがる……
「た、助けて……たすけ」
私はその場で倒れた。今度から食事は自分のペースで食べようと、果てしない空に想いを馳せる広大な宇宙へと誓った。
それと、男の甘い言葉には乗るな。結局、恥をかくのは自分だけなんだから。
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