さがす、もとめる。

如月蓮太郎

第1話

 やあ、こんにちは。


 突然だけど、僕はみんなに相談したいことがあるんだ。


 それは、僕がいろんな人たちに避けられてるってことなんだ。


 でも、その理由がわからない。


 だから、すっごく困ってるんだ。


 それも、僕だけじゃなくて、僕の家族全員が避けられてて。


 何がいけないんだろう。


 僕は人が好きなのに。


 何十年も前の話になるけど、僕たち家族はたくさんの人たちと同じ村で住んでいたことがあったんだ。


 僕たちが木を切って、一緒に家を建てた。


 けれど、僕たち家族は人と一緒に住むには、体の大きさが違いすぎたんだ。


 同じ大きさの家には入れないし、常に下を向いていないと、踏み潰してしまいそうになってしまうんだ。


 だから、僕たち家族は村を出ることにした。


 誰もいない、誰も来るはずがない、孤島にね。


 僕は人が好きなのに。


 でも、今の僕たちは幸せだ。


 この島は食べものには困らないし、水だってそこらじゅうにある。


 山の方に行けば、山菜や桃がある。


 この島の食べもの、特に桃は、とても大きいから、僕たちの体にぴったりなんだ。


 それと、普通の人は島の周りにある、この大きな水溜りを飲めないらしいんだけど、僕たちは大丈夫なんだ。


 だから、幸せなんだ。


 だから、大丈夫なんだ。


 だから、人はいらないんだ。


 だから、もう、人は求めてなんていないんだ。



 そんな、ある日のことだった。


 お母さんが困ったことがあるって言ってきた。


 なんだなんだって、お父さんや弟たちと聞いてみたら、この孤島にカラスが住み着いたらしいんだ。


 そのカラスたちが、僕たちがよく食べる山菜や桃を食べ荒らしてしまうらしい。


 カラスも嫌いではないけど、それは少し困るな。


 お父さんとお母さんと話して、僕たちは、そのカラスさんたちのところに行くことにした。


 山の方へ行くと、早速、木の上にカラスがたくさんいた。


「カラスさん。カラスさん。」


 呼びかけると、すぐにはこっちを向いてくれなかった。


「カラスさん。聞こえませんか、カラスさん。」


 もう一度呼びかけると、何人もいるカラスのうちの1人が、こっちを向いてくれた。


「なんだよ」


 とっても無愛想で、礼儀がなってなかったけど、こんなことで怒っちゃダメだ。


「カラスさん。この島の食べものを荒らすのはやめてくれませんか。」


 僕がそういうと、カラスは不機嫌そうにした。


「どうして?」


「この島の食べものは、僕たちが食べるからです。」


 僕の言葉を聞くと、カラスたちが『カーッカーッ』と笑い始めた。


「そんなの自分勝手すぎるよ。」


 たしかに、カラスの言う通りだった。


 この島には僕たち家族しか住んでいなかったせいで、食べものは僕たちだけのものだと勘違いしてしまったんだ。


 そう自覚した途端、僕はとても恥ずかしくなった。


「ごめんなさい、カラスさん。自分勝手で。」


「ああ、気をつけてくれ。」


 カラスが許してくれた。


 よかった。


 家族には申し訳ないけど、カラスの方が正しい。


 僕は家に帰ると、さっそく、あったことをそのまま家族に話した。


「うん。たしかにその通りだね。」


 家族みんなが頷いた。


「でも、それならどうしようか。」


 弟の1人がそういうと、家族みんなが下を向いて考え始めた。


 けれど、なかなか良い案は浮かばなかった。


 と、そう思っていたら、もう1人の弟が口を開いた。


「村に行くのは?」


 その言葉に、家族全員が暗い気持ちになった。


 それに気づいたのか、弟が慌てて謝った。


「ご、ごめんなさい!」


「ううん、大丈夫だよ」


 僕がそういって慰めてあげると、弟はすぐに安心した顔になった。


 僕たちは、長ければ200年は生きることができる。


 この弟は、産まれてからまだ14年しか経っていないから、仕方ないんだ。


 だから、責めちゃダメだ。


 どれだけ、憎たらしくても。


「けど、それは良いかもしれない。」


 お父さんが、そういった。


「村に人たちは、決して悪い人じゃなかった。だから、もしかしたら、食べものを分けてくれるかもしれない。」


 たしかに、お父さんのいってることはわかる。


 だから、この意見には僕も賛成の意を込めて挙手をした。


 そうして、数十年ぶりに島を出て、お母さんを除いた家族全員で、人々の住む村に行くことになった。


 本当は食べもののためっていうのは建前で、本当は、僕は人に会いたいだけだったんだ。


 だって、僕は人が好きだから。



 島から村へはあっという間だった。


 僕たちは普通の人よりもずっと早く泳げるし、ずっと早く走れる。


 村をお父さんと弟たちと一緒に遠目から見ると、驚きがあった。


 それは、村がものすごく発展していたからだ。


 人も、家も、たくさんのものが増えていた。


 見たことのない建物まであった。


 とても、嬉しかった。


 僕たちが切った木が家になって、その家に人が住んで、その家で子どもが産まれて、その家で育った子どもが大人になると、僕たちのように木を切って家を建てるようになる。


 そうやって、続いていく。


 そうやって、人の積み上げるものは高くなっていく。


 その一歩を踏み出したのが自分なんだと思えると、とても嬉しかった。


「さあ、行こう。」


 お父さんのその言葉に頷いて、遠目で見るのをやめ、僕たちは村に向かった。


 そうして、村に到着した。


 その瞬間の出来事だった。


 村の人々が、急に走り回り始めた。


 どうしたんだろう。


 みんななにか叫んでいるし、今日はなにかのお祭りだったのかな。


 だとしたら邪魔をしちゃったのかもしれない。


「あの、すみません。」


 声をかけようと思って喋ると、より一層、叫び声が大きくなった。


 家に駆け込む人。


 村から走っていく人。


 何かを諦めたように、空を仰ぎながら、なにかぶつぶついっている人。


 一体、みんなしてどうしたんだろう。


 もしかして、僕たちのことはもう忘れてしまったんだろうか。


 もしそうなんだとしたら、悲しいな。


 でも、どうしよう。


 食べものが欲しいのに、お話しをできそうな人がいない。


「こっちの方に何かあるよ。」


 いつの間にかいなくなっていた2人の弟が、村の奥の方を指さしていた。


 近くにいってみると、そこには見たことのない建物があった。


「これなんだろう。」


 弟の1人が、興味本位でその建物をつついた瞬間、建物は瞬く間に崩れ去っていってしまった。


「ダメだよ。そんなことしちゃ。」


 お父さんの言葉に、弟はしょんぼりしていた。


 それど、僕の目はその建物の中にいっていた。


 だって、その中には、もうとっくの昔に失くしたと思っていた僕の宝箱があったんだから。


「わーい!」


 僕は珍しく大喜びした。


 この宝箱の中には、僕が小さい時に山で拾った宝物がたくさん入っている。


 食べものは貰えないし、人とは会話できないしで、暗くなっていた僕の心は、一気に明るくなった。


「これ以上いても迷惑だ。もう帰ろう。」


 お父さんの言葉に頷いて、僕たちは村を出ていこうとした。


 その時だった。


 なんとなく覗いた家の中に、傷だらけで倒れ込んでいる小さな女の子がいた。


「大丈夫!?」


 僕はいてもたってもいられなくて、その家の扉を開け、指を入れて女の子をつまみ上げた。


「何をしてるんだ!?」


 お父さんが驚いたように詰め寄ってくるから、女の子を見せて簡潔に説明した。


「わかった、この子は俺が見ていよう。お前は水を汲んできてあげてくれ。」


 お父さんにいわれるがまま、僕は水を汲みに行った。


 のは、いいんだけど、いつも僕たちが飲んでる大きな水溜りは普通の人じゃ飲めない。


 一体、どこらから汲んできたら。


 そう迷っていた時、小さな川が見えた。


 今まで見た中で一番小さな川だった。


 もしかしたら、村の人たちが頑張って引いたのかもしれない。


 そう考えて、僕はありがたくその水をもらうことにした。


 なんだか、やけに川の周囲にだけ植物が生えていて妙な感じもしたけど、今は気にしないことにした。


 川に近づいて、ちょうど手元にあった宝箱で水を汲み取ろうとした時だった。


 川の近くにあった家から1人の男の人が飛び出してきたかと思うと、その後ろにもう1人、女の人が出てきて、男の人の腕を掴んで必死に引っ張っている。


 その男の人の方は、なにか、顔を真っ赤にして叫んでいた。


 けど、僕にとっては声が小さすぎて、あまり聞こえなかった。


 こっちも気になるけど、今はあの女の子の方が優先だ。


 そう考えて男の人を無視して、僕はお父さんの元に向かった。


 戻ってきて早速、女の子に水を飲ませてあげたけれど、一向に目を覚ます気配はない。


 でも、水を飲んでくれたってことは、まだ生きてるってことだ。


「島に連れ帰ろう。」


 お父さんがそういった。


 たしかに、この村にないものが、僕たちの島にはある。


 それは、なおり草だ。


 僕たちの島特有の草で、擦って水に少し溶かして傷口に塗ると、傷があっという間に治るんだ。


 特に名前は決まってなくて、僕たちが適当にそう呼んでるだけだけど。


 見渡してみても、この村の周囲になおり草らしいものは見えない。


 だから、僕たちはこの女の子を連れ帰ることにした。


「お子さん。お借りしますね。」


 お父さんはそういうと、島の方を向いて指さした。


 もう帰る合図だ。


 僕たちはお父さんの後ろに続いて歩く。


 村を出る直前、また川の時とは違う男の人と女の人がこっちに向かって何かを叫んでいたけど、今は女の子が優先だ。


 そう思って、そのことは無視して、僕たちは島に戻った。



 戻ってすぐ、お母さんにいって、すぐに治療をしてもらった。


 少しすると、みるみるうちに女の子の傷は治り、気付けばもう元気になっていた。


 まあ、その代償というか、代わりに、食べものを持って帰って来なかったことをお母さんにはこっぴどく叱られたけど。


 そうして、僕たちにまた日常が戻った。


 少し変わったことがあるとすれば、家族が1人、増えたことだ。


 残念ながら、この女の子と会話をすることはできないけれど、でも、手で形を作って意思疎通をすることはできる。


 本当は傷が治ったらすぐに家に返すつもりだったけれど、でも、女の子はそれを嫌がった。


 理由はわからないけれど、もしかしたら、嫌なことがあったのかもしれない。


 だから、僕たちは迎え入れた。


 新しい、家族として。


 こうしてまた、続いていく。


 僕たちの日常は続いていく。


 僕たちは普通の人ではないけれど、でも、それでも、同じところは同じだ。


 食べものがなければ死ぬし、水がなければ死ぬ。


 寿命がくれば死ぬし、それ以外でも、火で炙られたり、水で溺れれば、死ぬ。


 人はたしかに弱い。


 そして、僕たちは人より強い。


 けれど、結局は僕たちも、いつか来る死には抗えない。


 だから、同じなんだ。


 だから、僕たちも、こうやって、幸せを求めるんだ。


 そして、当たり前だと思っていた日常が消え去った瞬間、幸福が不幸になるのも、人と同じだ。



 家族が、死んだ。


 弟が、死んだ。


 もう1人の弟も、死んだ。


 お父さんも、死んだ。


 お母さんも、死んだ。


 女の子も、どこにもいない。


 僕の宝箱も、どこにもない。


 家が荒らされ、山菜が取られ、桃が根こそぎ持っていかれた。


 家族の命が。


 僕の日常が。


 僕の幸福が。


 僕の幸せが。


 全て、奪われた。


 何者によるのもかは、わからない。


 ただ、僕はたまたま山菜取りに熱中しすぎて、山の裏側、家の反対側まで行ったしまったんだ。


 それで戻ってきたら、これだ。


 どうして、どうしてこんなことになっているんだろう。


 わからない。


 わからない。


 わからない。


 なんだろう。


 突然、後ろから声のようなものが聞こえた。


 だから、振り返った。


 そしたら、そこには、人がいた。


 2人いた。


 1人は腰に何か長いものを携えていて、周りには3人の動物たちがいた。


「キビダンゴ。キビダンゴ。」


 3人の動物たちは、取り憑かれたようにそればかりを連呼していた。


 そして、もう1人は、あの女の子だった。


 女の子は、とても悲しそうな顔をしていた。


 どうしてだろう。


 そんな顔、して欲しくない。


 最後の家族に、そんな顔をして欲しくない。


 だから、声をかけようと思った。


 けれど、そんな暇もなく。


 僕の首は、切断された。


 鈍くも鋭い音と共に、赤い液体が地面を染め上げ、僕の視界は急速に落下していった。


 そうして、理解した。


 そうだ。


 僕が探し求めていたのは。


 家族との、何気ない日常だったのだ。


 そして、納得した。


 僕はやっぱり、人が好きみたいだ。


 だから、僕は、もう。


 幸せには、なれないみたいだ。

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