美南ちゃんマル秘大作戦──③

   ◆



 無事何事もなく風呂から出ると、美南が風呂に入っている間にベッドでゴロゴロする。

 まだ寝るには早い。

 けど、疲労感からかすでに眠気がやって来ている。


 でも寝るわけにはいかない。

 美南も疲れてるのに、あれだけ色々とやってくれてたんだ。

 疲れてるからって、俺が先に寝ることは許されない。

 こういう家庭内不和が、喧嘩の原因になることが多いらしいからな。


 ごろごろして待つこと1時間。



「お待たせしましたー」

「ん、お帰り」



 部屋に入って来た美南を見る。

 が、いつものふわふわ寝間着じゃなかった。



「あれ? それ……ガウンか?」

「そうです、今日はもこもこガウンです!」



 確かにもこもこしている。随分と気持ちよさそうなガウンだ。



「ふふふ、裕二君。まだお世話は終わってませんよ」

「終わってないって……もう寝るだけだろ?」

「いいえ、まだです。ここからは柳谷流マッサージ術の出番です!」



 柳谷流マッサージ術?


 …………。



「なんか怪しい」

「怪しくないですよ!?」

「いきなりそんなこと言ってくる時点で相当怪しいぞ」



 美南のことだから、俺のことを考えて言ってくれてるんだろう。

 でも美南のことだから、何か裏があるに違いない。

 同じ『美南のことだから』なのに、相反する意味になる。不思議。



「うぅ。本当ですもん……私、裕二君に癒されてほしいだけですもん……」

「う……」



 指をもじもじさせて上目遣いで見てくる。

 うーん……美南のことを信じなさすぎるのもよくない、かな……?

 でも何か企んでるのは間違いないだろうし……。



「……はぁ。わかった。じゃあお願いできる?」

「! 任せてください! 私の柳谷流マッサージ術で、裕二君の骨を抜いてみせます!」

「柳谷流マッサージ術って暗殺術じゃないよね? リアルに骨を抜くわけじゃないよね?」



 一気に暗雲が立ち込めてきた。

 美南が言うと冗談に聞こえないところがまた恐ろしい。



「裕二君、上半身を脱いでうつ伏せになってください。その方がやりやすいので」

「……わかった」



 とりあえず美南の言葉に従おう。

 寝間着の上を脱ぎ、ベッドにうつ伏せになる。

 もうこの状態でだいぶ眠い。もしマッサージがうまかったら、マジで一瞬で眠れる自信がある。



「それじゃあ行きますね」

「ん~」



 あぁ、睡魔さんがいらっしゃってる。

 美南が何を言っても頷く自身しかない。


 シュルシュル、とす。

 何か音が聞こえる。なんの音だろう。わからない。


 待っていると、ギシッと音と共に俺の上に僅かな重みが乗った。

 そっと俺の背中に温かいものが触れる。

 これは……美南の手、か? 風呂に入ったばかりだからか、異様に手が暖かい。


 この指でマッサージされる……そう考えると、ちょっとむくむくと欲望が顔を覗かせてきた。


 すると。

 美南の手がゆっくりと俺の顔の横に移動し──俺の背中に、馴染みのある柔らかいものが触れてきた。


 って、こ、これ……!?



「裕二君。動かないでくださいね」

「あ、はい」



 甘い声で囁かれ、思わず素直にうなずいてしまった。

 背中から伝わる美南の柔らかさ。そして肌のすべすべ感。

 だが美南は動かない。何もせず、俺の上で寝ているだけだ。


 この感触、まさか裸……? え、このためにわざとガウンを着てきたと?

 でも動かないってどういうことだ? 何をしたいんだ、この子?


 待て待て。落ち着け俺。

 さっきのメニュー、よく考えてみると……精の付く食材ばかり使われてたような? そのせいか色々とアレだし。



「あ、あの、美南さん?」

「…………」

「えーっと、美南さーん……?」

「…………」



 マジで返事がない。どうしたんだ?

 そ、上に乗っていた美南が俺の上からずり落ちた。



「え、美南?」

「……くぅ、くぅ……」



 寝てるし!?

 しかも全裸で! 寝てるし!

 あぁもう。このままじゃ風邪引くって!


 落ちているガウンを美南にかけ、その上から布団を掛ける。

 相当疲れてたのか全く起きる気配はない。熟睡状態だ。

 まあ、疲れてただろうしなぁ。仕方ないか。


 で、結局何がしたかったの、この子……?

 謎が謎を呼び、よくわからないまま夜は更ける。


 ……俺も寝よ。



   ◆



「やってしまいました……!」

「あ、美南。おはよう」



 翌朝9時。ようやく美南が起きてきた。

 髪に寝ぐせが付いてるけどガウンは着ていて裸じゃない。よかった。



「スムージーできてるぞ。飲む?」

「飲みます! けどその前に! ……裕二君、昨日私に何もしてないですか?」

「ああ。気持ちよさそうに寝てたし、しっかり寝させたよ」

「なんで手を出さないんですか!」

「なんで手を出してないことを怒られてるんですか俺は?」



 美南はよよよ、とその場に座り込んでしまった。



「うぅ。あのマッサージをうまくできれば、美南ちゃんマル秘大作戦は成功でしたのに……」

「確かに精の付く料理ばかりだったけど、なんでそんなことを?」



 まあそのおかげで、起きたら疲れもとれてめちゃめちゃ元気になってたけど。



「気付いていたのですか……わ、笑いませんか?」

「ああ。笑わない」



 美南は気まずそうにすると、ぽつぽつと口を開いた。



「え、えっと……今日裕二君、彩香ちゃんとお出掛けするじゃないですか? それで、その……」

「……まさか、嫉妬?」

「あぅ」



 つまり彩香と出掛けることに嫉妬して、それより際どいことやってしまおうと……そういうこと?

 えぇ……何それ可愛い。考えることが可愛い。

 俺は美南に近付くと、そっと抱き寄せた。



「安心しろよ、美南。俺の嫁は美南だけだし、彩香と出掛けたとしても目移りするようなことはしない。絶対に」

「……はい。信じています」



 どちらともなくそっとキスをし、美南と共に朝食を食べる。

 今日は久々に彩香と遊ぶ日だ。美南に元気を貰ったし、彩香を喜ばせてやらないとな。

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