夏の思い出──④

   ◆



「裕二君のけだもの」

「誘ってきた張本人が何を言う」



 語尾に『♡』を付けるレベルでご機嫌の美南。

 むしろ襲われたのは俺の方だと思うんだが。


 水着を着直してパラソルの下で水分補給をする。

 さすがに長時間外は脱水症状になる。こまめに水分補給しなければ。


 すると、隣に座っていた美南が蠱惑的な笑みを浮かべてきた。



「積極的な女の子は嫌いですか?」

「……嫌いと言ったら嘘になる」

「むふふ。裕二君のすけべ〜」

「ビックリするほどブーメランだって自覚してる?」



 あんな風に誘惑されたら、どんな男でも理性がぶっちするって。

 美南は俺の腕に寄り添うと、アンニュイな表情で地平線を眺めた。



「ありがとうございます、裕二君。夢にまで見ていた、ひと夏の思い出がやっと作れました」

「こんなのを夢にまで見てるとか、美南の狂気を疑うが……改まってどうしたの?」

「…………」



 無言で、僅かに表情を曇らせる。

 今までこんな表情をすることはなかった。

 なんか嫌な予感がするというか……。



「……今まで黙っていましたが、私」

「お、おう……」



 ごくり。

 美南は辛そうに笑うと、俺の腕に抱き着き。






「大学は、アメリカに行きたいんです」

「ぇ──?」






「嘘です☆」

「てい」



 チョップ!



「ほにゃっ!? 何するんですか!」

「こっちのセリフだ」

「まあ裕二君限定で痛くされるのも悪くはありませんが……ぽっ」

「やかましい」



 連続チョップくらえこの野郎。

 美南は「あうあうあうあう」と連続チョップをくらい、涙目で頭をさすった。



「うぅ。いじめられました……」

「いじめとらんわ。全く……なんでこんなしょうもない嘘を?」

「裕二君の男らしい姿を見たら、無性に可愛い顔を見たくなってしまって……てへ」

「可愛くないから」

「でも捨てられそうな子犬みたいな顔してましたよ?」

「……してないから」

「むふふ。素直じゃないですねぇ」



 頬ぷにぷにしてくんな。

 でも……あぁ、よかったぁ……これがガチだったら、俺マジ泣きしてたかも。

 あ、さっきの疲労と相まって、一気に力が抜ける……。



「裕二君、私のこと好きすぎじゃないですかぁ〜?」

「当たり前だろ。俺の美南好きを舐めるなよ」

「知ってます♪ 私も裕二君のこと、大好きですから」



 美南は華やかな笑顔で寄り添ってくる。

 ちくしょう、可愛い。許しちゃう。


 美南は俺の指に手を絡めて、ウキウキ顔をした。



「もう半年もしたら大学受験ですねぇ。月日が流れるのは早いものです」

「せっかくそのこと忘れて楽しんでたのに、思い出させるなよ……」

「残念ながら現実ですから」



 現実はいつも非情である。



「美南は推薦だっけ?」

「はい。帝都大学法学部の推薦です」



 まあ、美南の成績と実績を考えれば、帝都大学法学部の推薦でもほぼ落ちることはないだろう。

 問題は、俺の方だ。



「帝大の推薦とか、俺には想像もつかねーなぁ。俺は無難に一般だが……不安だ」

「ふふふ。安心してください裕二君。これからはみっちりと美南ちゃんスペシャルメニューでしごいていきますから! 手取り足取り腰取り! ぐへへ」

「腰はいらん」



 けど、美南が勉強を見てくれるなら正直勉強面では心配ないだろう。

 夏休み前のテストでは一桁台に乗ったし、このまま勉強していけばいい線行く。……はずだ。


 でも美南は既に受かっている気が満々みたいで、俺との大学生活に思いを馳せていた。



「裕二君との大学生活……むしろ高校より時間ができる分、大学性活と言ってもいいレベル」

「…………」

「あ、今想像しましたね?」

「うっせ」

「否定しない裕二君もかわゆいなぁ」



 そりゃあ、可愛い嫁にそんなこと言われたら色々と想像しちゃうだろ。

 これは俺のせいじゃない。想像させた美南が悪い。証明終了。



「でも夏休みが終わったら、まだ色んな行事があるだろ?」

「そうです! 体育祭に学園祭!」

「ハロウィン、クリスマス」

「初詣も行きましょう!」



 俺らが付き合い、そして結婚してまだ半年しか経っていない。

 まだやっていないこと、やりたいことも沢山ある。

 それらを1つずつ消化していって、1つずつ思い出を作っていく。


 可愛い嫁との人生は、これからが楽しみだ。






「色々やりたいプレイもありますし! ね、裕二君!」

「台無しだよ」

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