夏に向けて──②
校長の話というのはやけに長い。
それはどこの学校でもそうだろう。
例に漏れず、我が校のおじいちゃん校長も話が長い長い。
そんなこんなで20分程。
長ったらしく話された内容は露ほども覚えていない。ごめんね校長。
『それでは皆さん。夏休み明けは元気なお姿で会えることを、楽しみにしています』
そう締めくくられ、夏休み前の終業式は終わり。
「それじゃあみなさーん。羽目を外しすぎない程度に、大いに夏休みを楽しんでくださーい。試験勉強もー、しっかりやるんですよー」
ホームルームも、間宮先生のおっとりとした言葉で終わった。
途端に、クラスの空気は弛緩した。
前に座ってる冬吾も、とろけたスライムのようにだらける。
「ぬあぁ〜……夏休みだぁ〜……」
「お前、サッカーの方で忙しいだろ」
「まあね。ただ、みんなと一緒に海に行けるくらいは予定を空けられたよ」
「さすが」
8月の頭から3泊4日。
柳谷家所有のプライベートビーチで、夏のひと時を満喫することになっている。
写真を見せてもらったが、とんでもない豪邸にゴミ1つないビーチ。そして青い海に澄んだ空。
今からワクワクが止まらない。
まあ、試験勉強も同時にそこですることになってるんだが……そんなことは今は忘れよう。
「じゃあ俺は部活行くよ。ユウ、またね」
「おう。またな」
鞄を持って教室を出ていく冬吾。
さて、俺も帰ろっかね。
「美南、帰ろうぜ」
「あ、はい。すみません、帰りにお買い物に付き合って貰えませんか?」
「ん? いいけど……何を買うんだ?」
「それは着いてからのお楽しみです」
着いてからのお楽しみ?
はて、どんなものを買うんだろう。
◆
「……美南さんや。ちょっといいかね?」
「はい?」
こてん。いや首を傾げられても。可愛いけど。
ってそうじゃなくて。
「ここ、水着ショップじゃね?」
「その通りです」
あっちを見ても、こっちを見ても水着、水着、水着。
値段がいち、じゅう、ひゃく、せん、まん……数えるのも嫌になるな。
しかも壁や天井には、外国のトップモデル達がこのショップの水着を着ている写真が飾られている。
つまり、それくらいの
そんなやべー人達御用達の、やべー値段のやべー水着が売られている店に、連れられてきたのだが。
あっちを見てもこっちを見ても、レディースの水着ばかりである。
「ここ俺いちゃダメだろ」
「大丈夫です。このブランド、メンズもありますから」
「イヤでも、レディースコーナーに俺みたいな男がいるとだな……」
「夫婦で来ているのです。問題ありません」
問題あるよ。俺の居心地がすこぶる悪いんだよ。
あーでもない、こーでもないと水着を見ている美南。
を、横で見てる俺。
真剣な表情も可愛いなぁ。
なんてほっこりしてると。
「あら? 裕二君?」
んえ?
呼ばれた方を見る。
と、見慣れた女性がそこにいた。
三つ編みにした艶やかな黒髪。
色気のある目と口元。
仕事帰りなのか、パンツスーツスタイルで水着を物色している女性。
俺の筋トレの師匠、
「あぁ、時東さん。こんにちは」
「ええ、こんにちは。今日は……お嫁さんとお買い物?」
「はい、紹介します。妻の美南です」
「はじめまして。いつも夫がお世話になっております」
美南が優雅にお辞儀をする。
なんか夫って言われるの照れるな……。
俺の照れを見抜いたのか、美南はむふーっと『
やめろ、恥ずかしい。
「はじめまして、時東寧々子です。裕二君とは……いつもよろしくやってるわ」
「んな!? よろしくヤッてる!?」
「ええ。ほぼ毎日しこしこと」
「シコシコ!? ゆゆゆゆゆ裕二君どういうことです!?」
「おおおお落ち着けけけけ揺らすなななななななッ!」
ワイシャツ伸びる! ワイシャツ伸びるから!
何とかシャツを離してもらえたが、まだお怒りの様子の美南。
「と、時東さんは俺の筋トレの師匠で、ほぼ毎日一緒に筋トレしてんの。やましいことはないから、本当に」
「でもシコシコって! ほぼ毎日シコシコしてるって言ってました! 赤ちゃんプレイですか!?」
お店の人に迷惑になるから、しこしこを大声で何度も叫ぶな。
「美南。しこしこってのは、継続的に地味な活動をするって意味だ。この場合は筋トレのこと。学年首席のお前ならわかるだろ」
「……………………………ソレクライワカッテマシタヨ?」
おいコラこっち見ろ。
「ふふふ。美南さんは裕二君のことが大好きなのね」
「当然です。あげませんからね」
「大丈夫よ。そんな恐れ多いことはしないわ」
まあ天下の柳谷家の関係者を寝取ったらタダじゃ済まないからな……雰囲気に流された俺も、東京湾に沈められそうだ。背筋ゾクゾク。
や、やめよう。これ以上不穏な想像はダメだ。
「と、時東さんも海に行くんですか?」
「まあ、行くと言えば行くわね。半分仕事みたいなものだけど」
「……そう言えば、どんな仕事してるか聞いてないですね。何されてるんです?」
そう聞くと、時東さんは妖しく、艶のある笑みを浮かべ。
「ひ、み、つ、よ♡」
エロスを感じるウィンクをした。
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