夏に向けて──①
うちの学校は教科ごとにテストを配るのではなく、担任教師が1時間目の授業を使って全教科分のテストを配ることになっている。
そのため月曜日の朝から、クラスメイトはそわそわと浮き足立っていた。
「うぅ。き、緊張する……」
「今回の中間、難しかったもんな」
「俺、前回より順位下がったらめっちゃ叱られる……」
「私もだよ」
「神様仏様美南様……!」
ほぼ全員祈ってる。
それを見てる俺と美南、苦笑い。
「もう終わったことなんだから、今更祈ってもな……」
「シュレディンガーの猫状態ですね」
「返ってくるまでわからないってか」
無駄な足掻きだとは思うが。
が、この中に人生で1番だと思うくらいガチで祈ってる奴が1人。
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……」
何を隠そう、冬吾である。
手を組み、目を閉じてずーーーーーっと何かぶつぶつ言ってる。
恐らく推薦組よりガチだ。
そんな姿に俺と美南も苦笑い。
冬吾の頑張りは、俺達が1番知ってる。
だから大丈夫。絶対大丈夫だ。
美南と話しつつ、待つことしばし。
間宮先生が入ってきて、教室の空気が引き締まった。
「お待たせしましたー。皆さん、心の準備はいいですかぁ?」
「「「よくないです」」」
「いいみたいですねぇ〜。では、号令が終わったら直ぐに配ってしまいましょう〜」
「「「よくないですって!?」」」
お前ら仲良しか。
号令を終えると、間宮先生は紙袋から大量の答案用紙を取り出した。
あれが、冬吾の運命を左右するものか。
「それでは配ります〜」
出席番号順に配られ、先に配られた生徒は落胆か歓喜に満ちた表情で答案用紙を見ていた。
そして。
「高瀬冬吾くーん」
「ひゃいぃっっっ!」
まるでロボット。ガッチガチに固まった冬吾が、ゆっくりと答案用紙を受け取った。
「高瀬くん」
「ひぅ……はぃ……」
「よく頑張りましたねぇ〜」
「…………へ?」
今まで無言で答案を渡していた間宮先生が、冬吾にだけそう労いの言葉をかけた。
と言うことは……。
「次、丹波裕二く〜ん」
「あ、はい」
唖然としている冬吾の横から、答案用紙を貰う。
「丹波くんも、よく頑張りました〜。ビックリしましたよ〜」
「え?」
「ふふ。答案は戻ってからゆっくり見てくださ〜い。さ、2人共」
先生に促され、俺達は席に戻った。
さて、どんなもんか……あ。
現国……100点!?
他のも、軒並み90点超え! 唯一英語だけ89点だけど、こんなに点数が上がったなんて……!
「と、冬吾! ……冬吾?」
「…………」
あれ? 気絶してる?
反応のない冬吾の背後から、答案用紙を見ると。
「お…………おおっ!?」
数学だけ57点だけど、ほとんどが60点超えてる……!?
「冬吾、やったじゃかいか!」
「あっ……ああ……自分でも信じられないよ。こんな点数を取れただなんて……」
冬吾は自分の取った点数に気持ちが追いついてないのか、未だに呆然としている。
あの冬吾が……前回20点前後しか取れてなかった冬吾が、こんなにできるようになるだなんて……あ、やばい涙が。
息子が成長した親の気持ちって、こんな感じなのかな。
頑張ったな、冬吾。
思わず頭を撫でた。
「ぬへへ。ありがと、ユウ」
「まだ気を抜くなよ。これでも赤点があったら、お小遣い減らされるんだろ?」
「うん。……でも、母さんも分かってくれると思う。こんな点数、今までの人生で取ったのは入試くらいだから」
こいつの今までの人生が心配になって来た。
◆
昼休み。今日俺は冬吾と一緒に学校の中庭で飯を食っていた。
当然、美南と伊原は俺達とは少し離れた場所で別のグループと食事中。
それにしても、だ。
「よかったなぁ、冬吾。数学の赤点が54点って」
「いやもう本当だよ……一瞬喉の奥から「ヒュッ」って音が鳴った」
全クラスの平均点以下が赤点になるが、今回はマジでギリギリだったな。
こんなこと2度とあってほしくない……。
「ユウもおめでとう。学年順位が9位って、凄いじゃないか」
「ありがとう。まあ、3年に上がってから毎日美南と勉強してるからなぁ」
それに加え、最近は美南ズブートキャンプで追い込みを掛けまくった。十分結果は出たと言っていい。
「俺達4人は赤点回避できた。伊原の誕生日会もできるし、夏には柳谷家所有のプライベートビーチと別荘で遊べる」
「最高の夏にできそうだね」
「……そうだな」
去年までは冬吾や彩香と遊んでた。
勿論他の友達とも遊んでた。
けど今年は……愛してやまない妻と最高の生活を送れる。
最高の夏が──始まる。
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