作戦──①
◆
「はぁ〜い。皆さん、今日で全てのテストが終了しました〜。お疲れ様で〜す」
あああぁぁぁ〜……終わったぁ〜……!
金曜、テスト最終日。
最後のテストが終わり、帰りのホームルームで間宮先生がおっとりした声で労いの言葉を掛けた。
疲れた体と脳に染みる甘い声に、クラスの空気が徐々に弛緩する。
が、目の前に座る冬吾だけが頭をぐわんぐわん揺らしていた。
「間宮先生ー。冬吾が今にもぶっ倒れそうなので巻でお願いします」
「あら〜。高瀬くん、今回は頑張ってましたからねぇ〜。でももう少し我慢してくださいね〜。いい子ですから〜」
まるで子供扱い。まあ実際子供なんだが。
ただ、あのイケメンで優しくてみんなから好かれている冬吾がこんな姿を見せるのが珍しいからか、こんな状態でもクラスはほっこりしていた。
おい伊原。お前盗撮してんじゃないよ、バレてるぞ。
「テストの返却は週明けになりま〜す。皆さんお疲れでしょうし、この週末はゆっくり休んでくださいねぇ。それでは、今日はこれで終わります、お疲れ様でした〜」
そう締め括られると、クラスメイト達は思い思いに伸びをしたり友人と笑い合う。
その中で唯一冬吾だけが、電池の切れたロボットのように机に突っ伏した。
「冬吾、大丈夫か?」
「……無理……死ぬる……」
まあ、最後の1週間もずっとうちで追い込んでたもんな。
思わず苦笑い。
「冬吾、今日から部活だろ? 行かなくていいのか?」
「部活! サッカー!」
うお、復活した。
こいつ……まさか疲れてたんじゃなくて、サッカーができない禁断症状でぶっ倒れただけなんじゃ……。
「こうしちゃいられない! ボールは友達! 俺はこの蹴りたい欲求をボールにぶつける!」
「雑なモノマネやめろ」
「あっ。ユウと美南嬢には後日ちゃんとお礼するから! じゃ!」
あ……行っちまった。
一気に元気になったなぁ。
美南も苦笑いを隠しきれないようで、複雑そうな顔でこっちにやって来た。
「高瀬君って、昔からあんな感じなんですか?」
「ああ。サッカーのことしか頭にないサッカー馬鹿だ」
「ふふふ。とある弟くんも言っていましたね。何かに一生懸命になれるってことはそれ自体が才能だって」
「アルフ〇ンス先生」
ま、あいつも元気になったならそれでいいか。
あとはテスト結果を待つだけだし、今はつかの間の喜びに浸るのも悪くないだろう。
「さ、裕二君。私達も行きましょう」
「だな。流石に、俺も疲れた……」
でも今回は勉強会のおかげで、だいぶ感触がよかった。
2年生の期末が23位だったし、もうちょっと上がるかな。
なんて思いつつ帰路につき、世間話をしながら歩いて歩いて、マンションに着いてエレベーターを昇って昇って昇って。
54階に到着した直後。
「美南ッ」
「ふぇっ!? んっ、ぁっ」
美南を抱きしめ、貪るようにキスをした。
突然のことに体が硬直する美南。
だが抵抗することなく、直ぐ目を閉じて受け入れた。
「ちゅ、むっ……あ……ぷはっ。もー、いきなり過ぎますよ」
「ご、ごめん。テストもあったし、ずっと我慢してて……」
「……実は私も、ずっと我慢してました」
互いに向かい合い、どちらともなく笑みを零す。
テスト期間も合わせた約1ヶ月。ずっと勉強、勉強、勉強でロクにイチャイチャできなかった。
その反動なのか、美南もタガが外れてるみたいで。
「裕二君……」
「ちょ、ここで……!?」
「ダメですか?」
「いや、俺はダメじゃないけど……ここ、監視カメラあるぞ」
「あ」
ボッ──! うおっ、顔真っ赤……!
俺も我慢できなくてついここでキスしちゃったけど、この廊下には防犯の都合上、監視カメラが2つ設置されている。
だからここでそれ以上のことをしたら、あられもない姿がカメラを通して見られてしまう。
「昼時だし、飯食ってからにしよう。な?」
「うぅ……はいっ! 家に言って日曜日も休みにしてもらいましたし、2日半できますよ!」
俺を殺す気か。
美南が鍵を開けると、るんるんと中に入っていく。
「ただまー」
「おかりー。手洗いうがいしろよー」
「あーい」
全く、鞄も玄関に置きっぱなしにして……。
「あ、弁当箱出しとくからな」
「ありがとうございます! あとで洗うので置いといてください!」
「わかった」
この数日で、美南と俺の役割ははっきりとしてきた。
料理、洗濯、掃除は俺。
食器洗いや細々した手伝いが美南だ。
だから弁当箱を洗うのも美南の仕事になっている。
美南の弁当箱を鞄から取り出す。と……1枚の紙が引っ張られて落ちてしまった。
「……ん? ……え?」
見るつもりはない。偶然、見えてしまった。
真っ白で無機質な手紙に、綺麗だが無機質な文字で書かれた言葉。
『柳谷美南さん。あなたが好きです』
その言葉に、俺の脳はフリーズした。
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