記念日──②

   ◆



「はふぅ……さすが裕二君の手料理。全部美味しかったです」

「喜んでくれてよかった」



 結婚記念日兼自分の誕生日に自分で豪華な飯を用意するのもおかしな話だが。

 まあ、せっかくの結婚記念日にレストランの料理をデリバリーするのは味気ないし、料理は好きだからなんも問題ないけど。


 汚れた皿を片付け、冷蔵庫に入れていたチョコレートムースケーキを取り出す。

 勿論手作りだ。



「ん~~~っ! こんな美味しい料理にデザートも作れるなんて……私の嫁最高!」

「嫁は美南だろ」

「え? 私最高?」

「何を当たり前のことを」

「……そんな真っ直ぐ褒められると恥ずかしいですね。テレテレ」



 自爆しただけじゃねーか。

 まあ……美南が最高なことには変わりない。

 例え料理洗濯掃除家事全般は壊滅的だとしても、俺にとっては最高の嫁だ。



「あれ? 私今ディスられました?」



 気のせい。


 美南と他愛もない会話を楽しみつつデザートを食べる。

 ああ、幸せだ。この何気ないひと時が本当に幸せを実感できる。

 同棲、婚約という曖昧あいまいな関係ではなく、結婚して夫婦という明確な関係になった……それだけで、こんなにも満たされるなんて……。


 ……ん? 結婚?

 結婚、結婚……何か忘れてるような……?

 ………………あ、結婚指輪。


 ……………………………………………。



「ああああああああああああああ!!!!」

「キャッ!? どどどど、どうしたんですか!?」

「けっ、けっ、けっ……! けっ!」

「け? 結合? もう、ご飯食べたら直ぐだなんて、裕二君ったらエッチなんですから……待っててください。今服を……」

「ちゃうわい!」



 てか本当に脱ごうとするな!



「でも、今この状況で『け』なんて言われたら、出てくる言葉なんて『結合』くらいしかありませんよ? つべこべ言わずレッツ結合!」

「お前は日本語をなんだと思ってるんだ……そうじゃなくて……」



 ……これ、言ってもいいんだろうか。

 よくよく考えたら婚約指輪すら用意してなかった。

 それに結婚指輪を買いにくと言っても、今の俺には金がない。買おうにもバイトしなきゃいけないし、勉強の時間も削れる。

 もう、色々ぐだぐだすぎて泣きそうだ。



「裕二君? 本当に大丈夫ですか? 落ち込んでるように見えますが……」

「ああ……ちょっと自分の駄目さに絶望してるだけだから、気にすんな」

「気にしますよ!? え、えっと、こういうときは……そ、そうだ! インターネットで見たのですが、落ち込んだりメンタルがヘラったときは、おっぱいを揉むといいそうです! ふふふ。さあ裕二君、私のおっぱいを──」






 もみ。もみもみ。もみもみもみ。






「…………ふぇ……?」



 ああ、柔らけえ……おっぱいセラピー最高。

 もみもみ、もみもみ。

 セーターに隠された『巨』以上『爆』未満の柔らかさ。

 それが俺の指で歪み、圧迫し、形をむにゅむにゅ変えて……変えて……?


 …………あれ? 俺今、とんでもないことをしてるんじゃなかろうか?


 目の前には顔を真っ赤にして硬直している美南。

 少し目を下げれば、万乳ばんにゅう引力いんりょくに逆らえずたわわを揉み続けてる手。


 …………。


 ああ、俺やっちゃってますね、これ。



「……とりあえず飛び降りるか」

「待ってええええええええええええええええ!」



 ええい離せ! 俺は! 俺はとんでもなく罪深いことを!



「私は気にしてませんから! というかむしろ嬉しいというか気持ちよかったというか! エッチ万歳! エッチ最高!」

「うううぅ……ごめん……こんな情けない旦那でごめんよぉ……」

「……? いったいさっきからどうしたんですか? よしよし、私が側にいますから、落ち着いてください」



 膝から崩れ落ちる俺。

 美南はそんな俺を抱き締め、頭を優しく撫でてきた。



「ゆっくり、ゆっくりでいいです。ちゃんと言葉にしないと、伝わってきませんよ」

「……そうだよな……ごめん」



 俺は話した。

 婚約指輪を買うのを失念していたこと。

 結婚したのに、結婚指輪を買う甲斐性もないこと。

 包み隠さず、全てを話した。


 怒られるだろうか。失望されるだろうか。幻滅されるだろうか。


 美南の反応が怖く、顔を見れない。

 それでも、ゆっくりと顔を上げると……キョトンとした顔の美南がそこにいた。



「……え、それだけですか?」

「そ、それだけって……美南はなんとも思わないのか?」

「いえ、特に……だって社会人ならともかく、私達まだ高校生なんですよ?」

「そりゃ、まあ……そうだけど……好きな人には、プレゼントを贈りたいじゃないか」

「……ふふ。律儀ですね、裕二君は」



 頭をなでり、なでり。

 美南の暖かさ、柔らかさ……このままこうしてたらダメになりそう。



「それに指輪なら心配ありません」

「……え?」

「本当は、先に私の処女と裕二君の童貞の交換会をしてから渡したかったのですが……はい、どうぞ」



 美南がポケットから取り出したのは小さな箱。

 それを開けると中から出てきたのは……部屋のLEDライトを反射して輝く、2つの指輪だった。


 1つはプラチナとゴールドがクロスしたシンプルなデザイン。

 もう1つは、プラチナとピンクゴールドがクロスし、中央にいくつかのダイヤが埋め込まれているデザインだ。



「これ……」

「はい。結婚指輪です。デザインも材質も特注品でして、つい先日届いたんですよ」



 そう、だったのか……。



「ごめんな、美南。全部任せっきりにしちゃって……」

「それは違いますよ、裕二君。裕二君も前に言ってたじゃないですか。料理も出来る人がやればいいって。私には家事全般をやるスキルはありません。ですが、こうしてささやかながらサプライズプレゼントを贈ることができます。……どうか、受け取ってください」



 美南が指輪を手に取ると、俺の左手の薬指にゆっくりとはめる。

 ……さすが、ぴったりだ。



「さ、裕二君」

「……俺、美南と結婚できて、本当に幸せだ」



 もう1つの指輪を手に取り、美南の左手の薬指にはめる。

 2人の指に輝く美しい指輪。

 それを見つめると……まるで示し合わせたかのように、俺と美南は口づけを交わした。


 熱く、深く、溶け合うように──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る