記念日──①

   ◆



 婚姻届の提出。各種諸々の書類手続きが終わり、部屋に帰ってきたのは18時。

 俺と美南の結婚については柳谷パパから既に連絡が行っていたらしく、驚くほどのハイスピードで終わった。


 本当、全部お世話になってるな。今度挨拶に行かなきゃ。



 だけど、ハイスピードで終わったと言っても、外はそれなりに薄暗くなっていた。

 それなのにまだ残っていた彩香と、いつの間にか来ていた冬吾と伊原が祝福してくれたんだよな……3人にも、後でお礼をしないと。


 鞄を起き、制服から部屋着に着替えてリビングに戻る。

 と、美南が腕を組んで口を『ωこんな』風にして仁王立ちしていた。


 ……なにやってんの?



「ふっふっふ。裕二君……ついにこの時がやって来ました!」

「あ、飯か? 待ってろ。昨日のうちに作っておいたビーフシチューを……」

「そっちじゃないです! でも裕二君のご飯美味しいのでありがたくいただきます!」



 そっちじゃない……じゃあ何なんだ?


 美南はソファーの上に立つと、腕を大仰に広げて何やら演説を始めた。



「裕二君! 今日という日はどんな日ですか!」

「え……結婚記念日?」

「そう結婚記念日! 嬉しい! 万歳!」



 テンションバグってるけど大丈夫か?

 あと、ソファーの上に立つのはお行儀が悪いからやめなさい。



「しかし! 私と裕二君が結婚する前に、もう1つ大切な記念日があったではありませんか!」

「…………?」



 首傾げ。なんだっけ?



「くぅっ……! あざとい……これはあざと可愛い……!」



 別にあざとくしてるわけじゃない。単純に思い出せないだけだ。


 美南は軽く咳払いを1つ。



「もう1つの記念日……それは!」



 直後、美南は輝かんばかりの笑顔を振り撒き、どこからか取り出したクラッカーの紐を思い切り引いて部屋を汚した。



「裕二君の18歳の誕生日でーーーす! いえーーーい!!」



 ……………………あ。



「あっ、そうか」

「リアクションが薄い!!!!」

「いやぁ……美南と結婚したことの方が嬉しくて、ついポロッと忘れてた」



 でもそうか。美南と結婚できたってことは、今日は俺の誕生日だ。

 そのことを自覚してると、美南はポッと頬を赤らめた。



「なっ、なんですか口説いてるんですか? ごめんなさい既にあなたの妻なのでこれ以上好きになったらもう肉便器になるしかできません、ごめんなさい」

「おいコラ。その素晴らしいセリフを下ネタで汚すな」



 って、このままじゃ全く話が進まねぇな。



「それで? 俺の誕生日がなんだって?」

「あ、そう! そうなのです! 実は私……裕二君へプレゼントを用意したのです!」

「え……本当……?」

「はい! むふふふ。それはもうすんごいやつを──」



 だきっ、ギュー。

 思わず、条件反射で、抱きついてしまった。

 でも仕方ないよね。

 大好きな人から、誕生日プレゼントを貰えるって知ったらこうなるよね。


 美南柔らかい。

 いい匂い。

 好き。



「美南、ありがとう。すごく嬉しいよ」

「あうあうあうあうあう……!?」



 顔を真っ赤にしてぷるぷる震える美南。

 口をあわあわさせてる美南ももう少し見てたいけど、可哀想だから離してやろう。


 腕の力を抜く。

 と、美南は目をぐるぐるさせていた。



「そっ、そそそそそそそのっ、そんにゃに喜ばれるとハードルが上がると言いますかっ……!」

「あ……そうだよな。ごめん」



 いかんいかん。余りの嬉しさに我を失った。

 深呼吸を何回かして……よし、落ち着いた。



「いいぞ、準備万端だ」

「そ、それじゃあお風呂に入ってきてください。準備するので」

「準備?」



 そんな大掛かりなものなのか?



「……まさかとは思うが、そんなこと言って俺の残り湯を保存するのが狙いじゃ……!」

「違いますよ! 信じてください!」



 う……この曇りなき眼……疑心暗鬼すぎたか。



「……ごめん、美南。じゃ、先に風呂に入ってくるよ」

「はいっ、肩まで浸かって、のんびりとですよ♪」



   ◆美南◆



 馬鹿め、それは罠だ!

 どうも、孔明の生まれ変わりと名高い美南ちゃんです!


 ふふふ……裕二君め、何も疑わずまんまとお風呂に入りましたね。

 裕二君の残り湯を保存するためなら、私はハートロッカーとなり心を殺せるのです。


 ぐふふ、裕二君の煮汁……おっとヨダレが。


 ……こんな姿、彩ちゃんに見られたら殴られそうだなぁ……この場にあの子がいなくてよかった、本当に。


 さて、誕生日プレゼントの準備を続けましょう。


 るんるんるーん♪


 脱衣場の扉……開いてます。オーケー。

 中に入ると、お風呂の中から裕二君が気持ちよく歌ってる声が聞こえてきました。

 なんですかこのあざとさ! 私がここにいるの気付いてやってるんですか! 可愛い! 好き!



 も、もう我慢できません!



 制服を脱ぎ脱ぎ。

 下着を脱ぎ脱ぎ。

 姿見で確認……つるつる全裸、オールオーケー。


 いざゆかん! 桃源郷ユートピア



「ゆ、う、じ、くーん♪ お背中を──」






 ガチャ。……ガチャガチャガチャ。






 …………。


 鍵、閉まってます(´・ω・`)



「ちょっ! 裕二君、鍵閉めてません!? 開けてっ、開けてくださーい!」

「美南……ここ10日間ずっと一緒にいて、君のことはわかったつもりだ。どうせ『プレゼントは私♡』とか言って風呂に乱入してくるつもりだったんだろう」



 ギクリ。バレてます。



「い、いいじゃないですか! 私の何が不満なのですか!」

「不満なんてあるはずないだろ」

「じゃあ開けてください!」






「……今開けて、美南の裸体を見たら……自分を抑えられなそうで、怖いから……」






 ────。


 ……はっ!? て、天使過ぎて一瞬意識が飛んでました……!



「ごめん、美南。美南とは然るべき時に、ベッドでしたい」

「も……も〜〜〜。しょ〜がないですねぇ〜〜〜」



 可愛い裕二君の、ロマンチックで可愛いお願いです。ここは大人しく退散しましょう。


 るんるんるーん♪






「美南の扱い方、わかってきたな」



 おや? 失礼なことを言われたような?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る