結婚──④

   ◆



「何だったんだあれは……」

「何だか濃い人達でしたね」

「類は友を呼ぶ、か……」

「え? 類って誰ですか?」



 お前のことだ。


 あの後無事(?)にアイツらを解散させた俺達は、気だるい足取りで役所への道を歩いていた。


 あぁ、足が重い。帰りたい。ベッドにダイブして美南とイチャイチャしたい。

 ……ダメだダメだ。ここで心折れちゃダメ。気張っていこう。


 ビシッと背筋を伸ばして歩いてると、隣を歩く美南がさっきの奴らに対してまだぷりぷりと怒っていた。可愛い。



「全くもう。勝手に人のファンクラブを作ったり、勝手に私達を見守る会を作ったり……誰の許可を得てやってるんですか。私、おこです」

「そうだな。ところで『丹波裕二を陰ながら見守る会』現会長の美南さん。ブーメラン刺さってることわかってます?」

「私はいいんです!」

「よくねーよ」



 自分のことを棚に上げるどころか空高く羽ばたいてんぞ。

 ……まあ、美南になら変な組織を作られても問題ない。

 さすがに、あんな顔も名前も知らない集団に崇められたくはない。


 しかし美南は、さっきの集団にまだお怒りの様子。

 子供みたいに頬を膨らませてるだけだから、ただただ可愛いだけなんだが。



「美南、怒ってる顔も可愛いけど」

「何を言いますやら! これでも激おこなんですよ! ぷんぷんがおーです!」



 人差し指を頭の横で角みたいに立てた。

 そのあざとさ、絶対わざとだろ……可愛い。


 未だにむー、と唸っている美南。

 そんな彼女の手を優しく握ると、きょとんとした後ににへら〜と笑った。

 まさに百面相。可愛い。


 あれ? 可愛いしか言ってないような?

 ……いつもか。



「……怒ってる顔も可愛いけど、今はこれからのことについて考えよう。今日から……夫婦なんだしさ」

「……ふふ。そうですね! 愛はお互いを見つめ合うことではなく、共に同じ方向を見つめることである!」

「お、サン=テグジュペリ」

「……愛とは正常位ではなく、後背位で同じ方向を見つめることである」

「サン=テグジュペリに謝れ」

「そう考えると、動物的で興奮しますね」

「しない」

「裕二君、私みたいなおっぱい大きな美少女の後背位ですよ?」

「…………………………し、しない」

「意識しちゃってる裕二君、かーわい♡」



 ううううっさい!

 こいつっ、思春期男子を舐めてやがるなっ。いつかわからせてやる! ……いつか。



「ヘタレですね」

「ナチュラルに思考読むのやめろ」






 住宅街を抜けて駅前にやって来ると、平日の昼間だと言うのに人でごった返していた。



「相変わらずこっちの方は人が沢山いるな」

「普段こっちの方には来ないですからね」



 俺達の学校がある方は住宅街だ。

 だが駅を挟んで向こう側は商業施設が立ち並び、平日は学校帰りの高校生や大学生や主婦、休日には親子連れが多く遊んでいる。


 今の時間はカップルだらけ。

 最近はブームが過ぎ去りつつあるが、有名タピオカ店に女子高生グループが並んでタピっていた。


 美南と制服デート……やってはみたいが、今日のイベントはそっちじゃない。



「えっと役所は……」

「裕二君、あっちです。事前に調べてあるので問題ありませんよ」



 さすが、準備がいい。


 美南の案内で役所に向かう。

 と、少し古びているが立派な役所が見えてきた。

 あそこに、俺達の婚姻届を出すのか……。



「き、緊張してきた……」

「私も……で、ですが。一緒なら大丈夫、ですっ……!」



 ……だな。一緒なら、大丈夫だ。

 美南と手を繋ぎ直し、いざ役所へ。






「──や、2人共」






 え……?



「……彩ちゃん?」

「彩香、なんでここに?」



 役所の前で、いつものクールな笑みを浮かべて立っている彩香。

 だけど今日は木曜日。いつも通りなら、今日も部活があるはずだ。

 それなのに、何でここに……?



「あー……うん。実は、1番最初に2人の結婚をお祝いしたくて。部長に話したら、快く送り出してくれたよ」

「なるほど、そうだったのか。サンキューな、彩香」

「……うん……」



 ……? なんか……やっぱり変だな。微妙に暗いというか……。



「……ごめん、兄さん。少し姉さんと……いや、美南と話をさせて欲しい。できれば2人っきりで」



 …………え?



   ◆美南◆



「…………」

「…………」



 ……こ、これは……どういうことでしょうか。


 場所は役所の横にある休憩広場。

 そこのベンチで、私と彩ちゃんは並んで座っています。

 こうすること既に5分が経過。

 人生で1番長い5分。とても居心地が悪いのです。ぴえん。


 因みに裕二君は離れたところで待ってもらっています。のんびりコーヒーなんて飲んでます。泣きそうです。


 うぅ、何を言われるのでしょう、私。

 やっぱり結婚するなとか、お前のような下品な女に裕二君は渡さないとかでしょうか。


 ごめんなさい、下品はどうしようもありません。これは裕二君に貰った大切な下品なのです。



「……美南」

「ふぁいっ!?」

「……そんなに警戒しないで。ただ、ちょっと話しておきたかっただけだから」



 ……話しておきたい?



「……前に家に泊まった時、姉さん言ったよね。自分の気持ちに素直になった方がいいって」

「……言いましたね、確かに」



 裕二君の血縁である彩ちゃんと一緒にお風呂に入り、間接的に裕二君と混浴した『間接混浴』なる概念を生み出した奇跡の時間でしたね。



「あれから色々と考えたんだ。私は……本当は兄さんをどう思ってるのか」

「……答えが出たんですね」

「うん」



 彩ちゃんは裕二君を見て、茜色に染まる空を見上げました。



「──私は兄さんのことが好きだ。勿論、異性として」



 ……やはり、そうでしたか。

 彩ちゃんのメスの顔を見せられたら、そりゃあ気付きますよ。



「今更自覚したところでもう遅いけど……これでよかったと思ってる」

「……よかった、ですか?」

「うん……兄さんのあんな幸せそうな顔、私では絶対に引き出せないと思う。兄さんが美南と一緒にいる時の顔、今まで見たことがないくらい……かっこいいんだ」



 ……そう、だったんですね……。

 これは、ここ10日間一緒にいた私では気付けなかったことです。

 裕二君の表情の変化。

 それを気付けたのは、今までずっと一緒にいた彩ちゃんだから気付けたのでしょう。


 ……ちょっぴり、悔しいです。



「後悔をしてないと言えば嘘になる。でも、私の願いは兄さんの幸せだ。兄さんが幸せなら、隣にいるのは私じゃなくてもいい」



 ……何故でしょう。ついさっき同じようなセリフを聞いたのに、彩ちゃんの方がとてもイケメンに見えます。


 彩ちゃんは諦めたような、覚悟を決めたような顔で、私の言葉を待っているようでした。


 なら……私も、本当の言葉を。



「……私は、裕二君のことが好きです。大好きです。愛しています」

「……うん……」

「誰にも渡したくない。あの人の隣にいたい。あの人の全てを独り占めしたい」

「……ぅん……」



 …………。



「任せてください、彩ちゃん。裕二君の全ては、私が幸せにします」

「……ふふ……任せたよ、美南」



 彩ちゃんの目尻から流れた涙。

 それはとても気高く、美しい涙でした。



   ◆彩香◆



 兄さんと美南が、並んで役所に入って行くのを見送る。

 2人は今どんな顔をしてるのかわからない。

 それでも、その雰囲気から幸せそうなのは伝わってきた。



「……あーあ、失恋かぁ……」



 ……ふっ。何を澄ましてるんだ、私は。

 失恋なんかしていない。

 私は恋のステージに立つのが遅すぎた。

 ……勝負すら、できていない。


 心にぽっかりと空いた穴。

 それを全身で実感してると、誰かが私の隣に立った。



「や、彩ちゃん」

「……冬吾君。玲緒奈さんも……」



 兄さんの親友で、私のよき理解者である冬吾君。

 そして冬吾君の彼女である玲緒奈さん。

 相変わらずの美男美女カップルだ。



「アヤカ、見てたよ」

「っ……あはは。かっこ悪いところを見られたね。……でも、大丈夫。私は大丈夫だか──」






 ギュッ。






 ぁ……。



「れ、玲緒奈、さん……?」

「よしよし」



 玲緒奈さんは力強く、そして優しく抱き締め。

 冬吾君も、私の頭を撫でてくれた。


 ……あぁ、ダメだ。

 もう我慢できないや。


 でも、いいよね。ちょっとくらい。



「……ぁ……ぁぁ……ぁぁぁぁっ。ぅぁぁぁぁ……!」



 人目もはばからず流す涙。


 悔しい気持ち。

 嬉しい気持ち。

 その全てが私の中にあり。

 どれだけ流しても足りない。


 それでも、2人を祝福する気持ちは本物だ。


 おめでとう、兄さん、姉さん。


 兄さん、姉さんを泣かせたらぶっ飛ばすからね。

 姉さん、兄さんを幸せにしてやってね。




 2人共──大好き。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る