結婚──②

 教室に入って自分の席に戻ると……ん? 何だこれ。椅子の上に紙が……?

 手紙……じゃないな、ルーズリーフの切れ端か?

 無駄に綺麗に折りたたまれてるな。ゴミ……ってわけでもなさそうだ。



「裕二君、何ですかそれ?」

「わからん。戻ったら椅子の上に置いてあった」

「まさか、ラブレター……!?」

「こんなラブレター嫌すぎる」

「世の中には控えめな女の子もいますからね」

「控えめな女子ってルーズリーフの切れ端に告白文書いて送るのか」

「まさか、そんな情緒もへったくれもない女の子がいるはずないじゃないでさか」

「数秒前の記憶どこに置き忘れてきたんだ」



 それに、切れ端のラブレターなんかこっちから願い下げだが。

 だけど……ふむ、何か書いてあるな。

 落し物なのか、それとも俺宛の何かなのか……もし俺宛だったら見るが、俺宛じゃなかったらプライバシーの侵害になる。


 うーん……開けるか、否か。


 …………。


 どっちにしろ開けないと俺宛なのかもわからんな。よし、オープンザレター。



「……ワォ。これはまたベタな」

「なんですか?」

「ほれ」






『今すぐ柳谷美南と別れろ。さもなくば殺す』






 ベッタベタな脅迫文ラブレターだった。



「ほほー。間宮先生が言ってた、私達の結婚をよく思ってない人のせいですかね」

「十中八九な」



 まあ、今更こんなもので結婚を取り止めるつもりなんかさらさらないが。



「まあ、間宮先生に渡せば……」

「裕二君、それ貸してください」

「ん? いいけど……何するんだ?」



 どこからか取り出したのか、介護用ゴム手袋を手にはめ、手紙を受け取る。

 それをスマホのカメラで撮影した。

 続いて何かのアプリを立ち上げ、さっきの写真を読み込む。



「なんだそれ?」

「柳谷家が外部に依頼して開発した、筆跡鑑定アプリです。今このアプリの中には、この学校の人間の筆跡情報が全て記録されています。直ぐに犯人がわかりますよ」



 筆跡鑑定アプリ……何でそんなものを作ったんだ、柳谷家。


 待つことしばし。なんと、このクラスの男子生徒3人の名前と写真が現れた。

 そうか、筆跡をバラバラにして気付きにくくしたってことか。無駄に頭が回るな。さすが進学校生。……さすが、なのか?


 まあ、それでも柳谷家の財力には勝てないわけだが。



「これを匿名メールで校長先生に送信っと」

「え」



 匿名……送信?

 直後、校内放送で3人に対し至急校長室に来るよう放送が流れた。

 あまりにも迅速な対応……呼ばれた3人はビクビクしながら、教室を出ていった。


 中々エグいことするな、美南……。

 だけどあいつらもあいつらだ。


 受験が控える大事な時期に、こんな愚かな真似をするなんて……後先考えないアホなのか。それとも後先考えないバカなのか。


 美南は悪魔のような天使の笑顔で、脅迫文をビニールの袋に入れた。



「ふふ、いいことすると気持ちいいですね」

「それどうするつもりだ?」

「指紋の保管です。いくらやってないと言い張っても、これから何かしらの指紋は検出されるでしょうから。ふふふ──ニガシマセンヨ」



 俺の嫁がサイコパスすぎる件について。

 頼りにはなるが怖いものは怖い。



「ところで美南、なんでこんなアプリ持ってんの?」

「ああ。こんなこともあろうかと、です」



 こんなこともあろうかとで筆跡鑑定アプリを作る柳谷家、万能すぎじゃね。


 と、今度は俺にしか聞こえないよう小声で。



「まあ、本来は裕二君の筆跡を完全に覚えるための暗記アプリなんですけどね。今なら私、裕二君そっくりの筆跡で文字を書けますよ」



 訂正。柳谷家怖すぎじゃね。

 柳谷家の本気っぷりにドン引きしていると、1時間目の予鈴が鳴った。

 確か1時間目は数学だ。準備しないと。



「では座りますね。裕二君、また後でです」

「おう、また」



 なんか朝からどっと疲れたな……。

 席に座って一息つく。すると、前の席の冬吾が含み笑いをしながら振り向いてきた。



「愛されてるね、ユウ」

「冬吾。あの手紙の犯人知ってて黙ってたろ」

「まあね。でもそこで俺がみんなに注意するより、さっきの2人のやり取りの方が牽制できると思って」



 確かに、教室を見るとビビってる男子生徒が何人か。

 恐らく俺にちょっかいを掛けようと考えてたんだろうけど、美南が思ったよりもヤバい奴でビビったんだろうな。


 わかるぞ、その気持ち。俺もたまに美南が怖いもん。具体的には1日1回のペースで怖い。



「はぁ……今日1日、気が休まらないな」

「なんなら今日は俺が警護してあげようか?」

「そうしてくれると助かる」

「昼飯のときも体育の着替えもトイレ休憩も傍にいてあげる」

「やっぱやめて」



 多分そっちの方が絶望的に休まらない。



「ははは、冗談だよ」

「だからお前の冗談は冗談に聞こえんのだ」



 全く……。

 ……ん? 何だ? どこからか笑い声が……?






「やはりタカ×タンが至高」

「いやいや、あえてのタン×タカを」

「高瀬君の鬼畜攻めに丹波君の総受け」

「私としては丹波君のヘタレ攻めに高瀬の誘い受けで……」

「私的には互いにおっかなびっくり触れ合って欲しい……」

「「「愚っ腐っ腐っ腐っ腐……」」」






 おい、なんかヤベー奴ら出てきたぞ。


 ちくしょう、美南ファンの男にだけ気を付ければいいと思ってたが、思わぬところに伏兵か……!



「あ、はは……ごめんユウ。しばらく近付かないで」

「9割9分9厘お前のせいだからな!?」

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