矯正──③
◆
「大変申し訳ございませんでした」
昼休み中に何とか目を覚まして、解放された。
目の前には、申し訳なさそうな顔で土下座する美少女の姿。
あの柳谷の土下座ってレア中のレアだな……。
「いや、本当に大丈夫だから」
「ですが、あんな恥ずかしい勘違いをしてしまうなんて……私、エッチな子みたいじゃないですか……!」
これはツッコミ待ちってことでいいのか?
……いや、ここはフォローしてあげるのがこの子のためか。
「ま、まあ、柳谷は俺のことになると知能指数が下がるのは知ってたし……な?」
「うぅ、ありがとうござ……あれ、ばかにされてる?」
シテナイヨ?(目逸らし)
落ち着いた柳谷を隣に座らせると、時間は12時40分。あと20分で授業が始まる時間だ。急いで食べないと。
2人でかき込むようにして(柳谷は上品に)弁当を食べると、ふと疑問が沸いた。いや、基本疑問しか湧いてないんだけど。
「なあ柳谷、聞いてもいいか?」
「はい?」
「俺って、自分でも引くぐらい柳谷のこと好きなんだけどさ」
「知ってます。私も同じくらい好きです」
「知ってる」
って、今はそういう話じゃなくて。
「同じ気持ちならわかるだろ? 俺を柳谷色に染めなくても、俺は十分お前に染まってるから」
「……そう……ですよね……ごめんなさい、丹波君が私以外の子に目移りしちゃうのが本当に不安で……」
その気持ちもわかる。
俺も、柳谷が俺以外の男に目移りしたりキャーキャー騒いだりしてると、やっぱりムッとなる。不安になる。
「だからさ、こうやって束縛するんじゃなくて、お互いにもっと言葉にしよう」
「言葉ですか?」
「ああ。よく考えると、俺達ってお互いのことを言葉にしたことないだろ?」
「まあ、私は丹波君のことを丹波君以上に知ってますから……」
もはやツッコむまい。
「でも柳谷も、俺のことをそれくらい知ってても不安になるんだろ?」
「まあ……そうですね……」
「だからこそ言葉にするんだ。自分が嫌なことをされたら、柳谷だって多少俺にイラつくだろう?」
「どうでしょう。丹波君にイラついたことないのでわかりませんが……」
この子俺のこと好きすぎじゃないかしら。
まあ、俺も柳谷に対してイラついたことないからその気持ちもわかるけど。
「俺は、表面上の柳谷しかしらない。柳谷がいい子で、可愛くて、綺麗で、女神のような子だと知っていたけど……こうして婚約するまで、君が下ネタ大好きなおっさん系美少女だとは思わなかった。でも、そんな所も好きだ」
「でへへ〜、照れちゃいま……あれ? もしかして貶されてる?」
シテナイシテナイ。
「そうすれば、俺を束縛する必要なんかない。な?」
「確かに……ごめんなさい、私とち狂ってました」
ほ……よかった。思い直してくれたか。
このまま柳谷の暴走を放置してたら、多分想像以上にやばかった気がする。
変態がエスカレートした先にあるものは想像したくない。
「っと、次って移動教室か。急いで飯を食っちゃおう」
「ですね」
◆
無事、何事もなく授業が終わり放課後になった。
帰りの仕度をし、柳谷と一緒に教室を出ようとしたその時。
「あ、今日の日直さ〜ん。いいですか〜?」
げっ、俺だ……はぁ、仕方ないか。
間宮先生のところに行くと、まったりおっとりした笑顔で机の上のプリントを指さした。
「ごめんなさい丹波くん。これ職員室まで持って行ってくれませんか〜?」
「ああ、はい。わかりました。柳谷、ちょっと待っててくれるか?」
「あ、私も手伝います」
「ではお2人でお願いします〜」
柳谷とプリントを分けて持ち(当然俺が多く)、間宮先生と職員室に向かう。
「おぉ〜。流石男の子、力強いですね〜」
「そうでもないですよ。これくらい……」
「私、これ持とうとして手がプルプルしちゃいまして〜」
それは筋肉が無さすぎじゃないです?
でも確かに、筋トレしてからちょっと筋力はついた気がする。見た目はそんなに変わってないけど。
「つんつん。おー、前腕がいい感じですねぇ」
「ちょっ、先生つんつんすんのやめてくださいっ」
「あ、ごめんなさい」
柳谷と一緒に住んでわかったけど、つんつんされるの苦手なんだよな、俺って……。
職員室にプリントを運ぶと、間宮先生が引き出しからクッキーを取り出して俺と柳谷に渡してくれた。
「どうぞ、お礼です〜」
「おー。ありがとうございますっ」
「あ、ありがとうございます……」
ん? 柳谷、ちょっと暗い? 今ダイエット中だったかな。そんな話は聞いてないけど……。
先生から貰ったクッキーを鞄にしまい、挨拶をして職員室を出る。
「あ。柳谷、今日って習い事の日だろ? 時間、大丈夫なのか?」
「あ、はい。17時スタートなので、まだ余裕はあります」
「そっか。なら1度帰るか」
「そう、ですね」
……? やっぱり柳谷、どこか変だな……?
「柳谷、大丈夫か? 体調悪い?」
「え? いえ、どこも悪くはないですが……」
「そうか? それならいいけど」
でも……うーん。やっぱり心配は心配だ。どうしたんだろ……。
昇降口の下駄箱でローファーに履き替える。すると、丁度彩香の背中が見えた。
「彩香」
「ん? あ、兄さん。姉さんも」
「こんにちは、彩ちゃん。部活ですか?」
「うん。今日から体験入部が終わって、本格的にできるんだ」
そういう彩香は、どこかイキイキしている。
体験入部は本入部と違い、どれだけ経験があっても早く帰らされてしまってたらしい。
「そうか、頑張れよ。今年も全国制覇、期待してるからな」
「ふふ、ありがとう。……そうだ、来月なんだけど区大会があるんだ。よかったら応援に来てくれると嬉しいな」
「お、いいぞ。今年もいっぱい応援してやる。ま、受験勉強が優先になるけどな」
「勿論。そのせいで兄さんが大学受験に失敗だなんて、許されないからね」
おかしそうに笑う彩香は、手を上げて小走りで格技場へ向かっていった。
「相変わらずの元気っ子だ。……柳谷?」
「……え? あ、はい。なんですか?」
「……やっぱり今日、調子悪そうだぞ。早く帰ろう。習い事も、今日は休んだ方が……」
「だっ、大丈夫。大丈夫ですから……!」
うーむ……こんなに否定すると、逆に怪しいな……。
隣を歩く柳谷をちょくちょくチラ見しながら、帰路を歩く。
だが、柳谷の不調の原因はわからないままだった──。
◆
どうも、私です。今日も絶世の美女、美南ちゃんです。
やらかしてしまいました。
丹波君に心配かけてしまうくらい、私の今のメンタルはズタボロです。
その原因は、丹波君。
いえ、この言い方には語弊がありますね。
正確には、丹波君と丹波君の周りにいる魅力的な女性達。
間宮先生も、彩香ちゃんも、時東さんも、なんなら瑠々華ちゃんまで。
皆さん美人で、綺麗で、可愛らしい女性ばかり。
丹波君は自分の魅力をわかってなさすぎます。
皆さん、少なからず丹波君のことを想っていることでしょう。
瑠々華ちゃんも、普段ファンとの間には適切な距離を取っています。それなのにあの時はとても距離が近かったです。
さっき丹波君は、嫌なことは言葉にしよう的なことを言っていました。
でも……『他の女性と関わりを持って欲しくない』というワガママは、絶対に言えません。
それは丹波君を困らせてしまうから。
はぁ……私って……嫌な女です……。
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