矯正──②

   ◆



 月曜日、昼休み。

 校舎3階の1番端の教室。

 普段使われていないそこにいるのは、俺と柳谷の2人だけ。

 別に不法侵入とかではなく、単に空いてる場所を見つけて使わせてもらっているだけ(柳谷談)。


 うん、ダメだな。でも柳谷と2人っきりという魅力に惹かれて止めきれませんでした。ごめん。



「では、いただきます」

「いただきます」



 机の上に広げられた弁当箱。

 メニューは春巻き、シューマイ、ほうれん草のおひたし、卵焼き。別のタッパーにイチゴをたくさん。


 シューマイは伊原を習って手作りしてみたが、はてさてどうかな。



「あーむっ。んーっ、冷めててもサイコーです〜」

「うん、いいなこれ。伊原には遠く及ばないけど、もう少し練習したらいい感じになりそう」

「私としては、丹波君が作ってくれただけで5つ星レストラン並ですよ!」

「はは。ありがとう。……ところで柳谷。1つ聞いていいか?」

「はい?」






「今更だが、なんで俺は椅子に縛られてるの?」

「本当に今更ですね」






 お前が動くなっつったんだろ。

 まあ、それで本当に動かない俺も俺だが。


 胴体は腕ごと背もたれに縛られ。

 脚も座板に縛られている。

 今現在、俺は柳谷からあーんをされて飯を食ってる状況だ。


 わからないだろ? 大丈夫、俺もわからん。どゆことこれ。



「言ったじゃないですか。私色に染め上げますって」

「ああ言ったな。でも俺の頭の中ではこの現状と結びつかないんだ」



 おいコラ。「やれやれ物分りの悪い子ですね」みたいな目で見んな。



「見ての通り丹波君は今縛られています」

「見ての通りというか当事者だけどな」

「縛られているのでご飯を1人で食べられません」

「縛った本人が何を言う」

「丹波君、今説明パートなのでお静かに」



 なんで俺が叱られてんねん。



「縛られているのでご飯を1人で食べられません。いいですね?」

「あー……まあ、そうね」

「なのでさっきもしたように、これから私が丹波君にあーんして食べさせます」

「解いてくれたらいいんだが……それで?」

「丹波君は、あーんして食べさせてもらう内に思うはず……『ああ、美南ちゃん。俺にはご飯を食べる時も君が必要だよ……』と!」

「思わねーよ!?」



 論理の飛躍がとんでもなかった。

 縛られてご飯食べさせてもらうだけで相手のことを好きになるという謎理論。

 やっぱり学年満点首席天才の考えることはようわからん。


 ……あ、割と最近、ずっと柳谷のことしか考えられなくなってるな……まさか全てのことが繋がっている……!?


 ごくり。や、柳谷美南……恐ろしい子……!



「それじゃあ、次は春巻きですね。はい、あーん」

「あ……む。おっ、うまい」

「んーっ! 本当、丹波君は料理の天才ですね!」



 状況が状況で、手放しで喜べない。

 縛られてて手を放せる状況にないけど。



「あ、すまん柳谷。ミルク飲ませてくれ」



 ここに来るまでに買っていたパックのミルク。60円程度で買えてリーズナブルな上に、なんと鉄分とカルシウムが通常より多く入っている。内容量は350ミリリットル。


 製品名『どっかんミルク』。通称ミルク。


 昼休憩にこれを飲むのが、俺の何よりの楽しみなのだ。


 が。



「…………」

「……柳谷? 硬直してどうしたんだ?」



 普通に喉乾いたから、飲ませてくれるとありがたいんだが……。

 だけど柳谷は動かない。

 朗らかな笑顔で卵焼きを持ち上げたまま固まっている。ちょ、落ちる落ちる。


 と、今度は急激に顔を真っ赤にしてガタガタと震え出した。



「ちょっ、大丈夫か? 保健室行くか?」

「……ぁ……ぇと……みっ、みみみっ、み……!? ゎ、ぇ……みる……!?」



 ダメだ、話が通じない。

 保健室に連れて行こうにも、今の俺の状況じゃあな……。

 顔を真っ赤に、目をぐるぐるさせる柳谷は、妙に覚悟の決まった顔で立ち上がった。



「たっ、たたたた丹波君っ!」

「は、はい」

「わ、私、その……まだミルクが出ない体なのでっ、今は飲ませてあげられませんが……まさか丹波君から、ミルクが出るようにしてやると言われるとは思いませんでした……!」



 ……はい? 何言ってんの?



「は、初めてはベッドの上でと思っていましたが……はっ! まさか高校生特権として、制服+教室+平日の背徳感を味わおうと……!? 丹波君も中々にスケベですね……♡」



 ……? …………………………!?!?!?



「ちっ、違っ! 違うぞ柳谷!」

「大丈夫です、全部わかってます。縛られて動けない丹波君の分まで……拙い知識ではありますが、私がリードしますね」



 全然わかってない! お前は何もわかってない!


 柳谷は覚悟を決めたのか、ブレザーを脱いでリボンを外す。

 第2ボタンまで開けられたワイシャツに、窓から入ってきたイタズラな風でふわり浮かぶスカート。


 月曜日の高校。しかも進学校で、他の生徒も教師もいる昼休み。

 目の前の背徳的光景に屈指そうになる……だが!!!!



「や、柳谷! 俺が欲しいって言ったのは『どっかんミルク』! パックの飲み物のミルクの方だ! お前もさっき一緒に買っただろう!」

「…………………………………………ふえ?」



 のぼせたような顔で、足元の紙パックと俺の顔を交互に見る。


 直後──。



「…………ぁ……ぅ……ぁぅぁぅぁぅぁぅ……!? ……ぁ……」



 ぱたり。

 ……気絶した?


 誰もいない教室。

 縛られた俺。

 乱れた服装で気絶した柳谷。


 どうするよ、これ……。

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