矯正──①

 16時。花見を終え、彩香、冬吾、伊原の3人はマンションを後にし、俺達も自分の部屋へと戻ってきた。



「ふぅ……食いすぎた」

「あはは……なんだかんだ、ゆっくり食べてたら全部食べられましたね」



 て言うか、みんなが無理にでも食べてくれたおかげかな。

 こうして空になった弁当箱を見ると、作った本人としてはやっぱり嬉しい。いい友達を持てて幸せだな、俺。


 弁当箱を洗うのは……後ででいいか。

 とりあえず水に浸し、柳谷の待つソファーに足を運ぶ。



「ふぅ……疲れたなぁ」

「ふふふ。お疲れ様です、丹波君」



 柳谷は、隣に座った俺の頭を撫でた、

 いつもなら恥ずかしい思いでいっぱいになるが……今はその手の平が心地いい。

 目がとろんと。うつら、うつら。


 不意に柳谷が俺の肩に頭を乗せた。


 西日が差し込む中、俺と柳谷の呼吸音だけがリビングに響く。


 ……あれ。なんだっけ……この感覚、前にもあったような……?

 いや、この1週間の話じゃない。もっと昔、夕暮れの中、同じようなことがあったような……?


 となりの柳谷を見る。

 赤みがさす頬は、西日のせいか、それとも俺の隣にいるせいか。後者だととても嬉しい。


 そんな柳谷は俺の視線に気付いたのか、小さく微笑んで俺の手を更に握った。



「……あっという間の1週間でしたね」

「だな……最初はやっていけるか不安だったけど、今は柳谷が隣にいないと逆に不安になる」

「甘えん坊さん」

「柳谷だけのな」

「んがっ」



 なんだ今の変な鳴き声は。



「そっ、そそそそんなこと言われても、さっきのことはまだ許してませんからっ」

「さっきのこと?」

「瑠々華ちゃんにデレデレしたことです!」

「しとらんわ」

「いいえしてました! それはもう鼻の下を象さんのように伸ばして!」



 別に象は鼻の下長くないぞ。

 だけど柳谷はオコらしく、スクッと立ち上がると俺の前で腕を組んだ。


 胸の下で組まれる腕。そのせい(いや、おかげ?)でたわわな胸がセーターを押し上げる。


 厚手の服なのに、こういうちょっとした仕草で女性本来の艶かしい体が浮き彫りになる瞬間、とてもよいと思います。ぶっちゃけ好き。


 てか改めて思うけど、この子俺の性癖熟知しすぎじゃないですかね?



「いいですか丹波君。本当はこのようなことはしたくないんですが……背に腹はかえられません」

「……何をするつもりだ?」






「去勢します」

「女の子になれと!?」






 なんてこった! まだ子孫を残すどころかピュアで純潔な童貞だというのに!



「あ、間違えました。矯正します」

「……その間違い、心臓に悪いからやめてくれ、マジで……」



 他の女の子に目移りしないよう“矯正”するのは分かるが、他の女の子と遊ばないよう“去勢”されるのは辛い。いや遊ぶつもりはないけど。



「今日が土曜日。婚姻届の提出が木曜日……今日からの6日間、あなたを私色に染め上げます。言うなれば調教です」

「染め上げるって……どうやって?」

「ふふん、余裕そうですね。でもその余裕もここまでです」



 余裕と言うより、もうだいぶ染まってるだけなんだが。



「これから6日間。丹波君は私に手を出しちゃいけません。何があってもです」

「……頭撫でたりは?」

「それはノーカンです」

「頬を撫でたりは?」

「それもノーカンです」



 がばがばじゃねーか。



「いいですか? 絶対手出しちゃいけません。なんなら後ろで手を組んでてください」

「……こうか?」

「はい、オーケーです。では」



 ソファーに座る俺。

 その俺の脚を跨ぐようにして膝立ちになると、ちょこんと太腿の上に座った。


 意外と肉付きのいい太腿とおしりがダイレクトに脚に伝わる。

 思えば、後ろから抱き締めたりはしたけどこうやって正面から密着したことはなかったな。


 正座を崩したような女の子座りで、俺の上にいる柳谷。

 そっと、撫でるように俺の太ももに手を置く。その何気ない仕草で、不覚にも背筋にゾクゾクしたものが走った。


 だけど思ったほど顔は近くない。それどころか、少し遠い。

 多分……いや、間違いなく原因はそのたわわな胸。


 腕を寄せているから、たわわな胸がツンと張り出し、それが俺に付くか付かないかの所で停滞している。その分、俺と柳谷に距離が生まれていた。



「どうですか?」

「どっ……どうとは?」



 あくまで平静を保ちつつ受け答える。

 序盤で声が裏返ったのは気にしないでくれ。童貞にはきついのだ、この状況。



「目の前にいるこんな可愛い婚約者がいるのです。そんな子が何もせずにただ膝の上に座ってる……生殺しじゃないですか?」

「ぐっ……」



 た、しかに……! いつもならこの距離なら何かしらアクションを仕掛けてくる子だ。それなのに何もしてこないのは……ちょっとソワソワする。



「あんっ、動いちゃダメです。手は後ろで組んだまま、このままです」

「お……おぅ……」



 言葉の魔力とでも言うのか。決して縛られてるわけじゃないのに、動けずにいる俺。

 今俺は、ものすごく柳谷を抱き締めたくなっている。


 リビングに響く時計が時を刻む音。

 乱れる呼吸音。

 心臓の鼓動。

 全てが煩わしく、全てがうるさい。


 目の前にある柳谷の頬も、西日ではなく明らかに高揚によって赤くなっていた。


 柳谷が呼吸するごとに揺れる胸も。

 太ももに感じる細い指も。

 脚に感じる柳谷の体重も。


 全てが愛おしく。

 全てが可愛い。


 こ……これは……脳がっ、バグる……!


 脳が甘い痺れを自覚し、思考が鈍くなったところで。



「──はいっ、今日はここまでです♪」

「……ぇ……?」



 ピョンッ。柳谷は飛ぶように立ち上がると、俺から距離をとった。



「ふふふ。ぽかーんとした顔も可愛いですが……今日からは毎日これを味わってもらいますからね」



 ま、毎日……これを……。

 期待半分。恐怖半分。

 俺、これ我慢できるのか……?

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