お花見──③

   ◆



 ひとしきり弁当を作り終えて風呂敷に包むと、時間は10時50分。

 タイミングよくスマホが鳴動した。



「お、冬吾達だ。彩香も一緒にマンション前に着いたってさ」

「わかりました。では降りましょう」



 飲み物を持ち、家を出るとエレベーターに乗り込む。

 因みに予約制で、予約している場所にレジャーシートを用意してもらっているから、レジャーシートはいらない。


 意外と言うかやはりと言うか、そこそこ人気のイベントらしく、取れたのは桜が並んでいるマンションの周囲から1番離れたど真ん中。



「もっと早く知ってればなぁ……ごめんな」

「しょうがないですよ。私も同じタイミングで知ったんですから」



 にしても、掲示されて数時間でほぼ満席ってどういうことよ。

 時東さん曰く、人気イベントだから掲示と同時に予約しないといけないらしい。

 でも……うーむ、悔しい。来年こそは。


 エレベーターを降りエントランスに出ると、そこは今まで見たことがないほど人が集まっていた。

 このマンション、こんなに人がいるんだな……当たり前だけど。



 ザワッ──。



 俺と柳谷の登場。

 と言うより、柳谷の登場でエントランスはザワついた。



「見て、あの人……」

「ファッション雑誌『ピュアピュア』のナミちゃん──!」

「うぉっ! 本物のナミちゃん……!」

「同じマンションに住んでるって噂は本当だったんだな」

「と言うことは、隣にいるパッとしない奴が……」

「ナミちゃんの旦那様ね……!」

「お似合いのカップルねぇ」

「チッ、なんであんな男が……」

「あなたッ!」



 あー……肯定的な声もあるけど、やっぱ同じマンションでも嫉妬する奴はいるんだなぁ。


 隣の柳谷をチラ見。






「3002号室豊田さん。1305号室鈴木さん。2706号室矢野さん……ドウシテヤロウカ」






 また闇堕ちしてらっしゃる!



「柳谷、戻ってきなさい」

「ブツブツブツブツ……へ? 丹波君、何か言いました?」

「今頭の中で考えてること、絶対するなよ。絶対だぞ?」

「わかりました! 振りですね!」

「振ってねーよ」



 柳谷って、ヤンデレの素質があると思うんだ。

 是非とも開花させず、平穏なイチャラブ生活を送っていきたいものである。


 エントランスから庭。庭からマンション前の正門に向かう。

 と、正門前に異様な人だかりが出来ていた。

 多分……あそこにいそうだなぁ。


 人だかりを押し退けるようにして前に進む。

 ……やっぱいた。


 冬吾、彩香、伊原が和やかに会話していて、それを取り囲んでる形になっている。

 まあ、3人とも芸能人にいてもおかしくない程の美形だもんな……無理もない。


 そんな3人に近付くと、冬吾が真っ先に気付いた。



「待たせたな」

「大丈夫だよ、アニキ」

「古いネタやめろ」

「ユウが最初に振ったんじゃないか」



 意識しとらんわ。



「兄さん、姉さん。お招きいただき、ありがとう」

「裕二、ミナミ。ありがと」

「キャーッ! 2人の私服かわいー!」



 キャッキャとはしゃぐ3人を、冬吾と並んで見つめる。


 まず柳谷。

 白のタートルネックセーターに、水色のロングスカート。

 髪は三つ編みで、濃紺のシュシュでローポニーテールにまとめられている。

 右手には予備のシュシュ。左手には白革の小さい時計。

 僅かなオシャレにも気を配った、春らしいコーデだ。



 次に彩香。

 ワインレッドの襟付きノースリーブ。

 黒い7分丈のスキニーパンツ。

 髪はいつも通りハイポニーテールにまとめられ、手にはお弁当が入ってるであろうピンクのランチバック。

 こっちも実に春らしい。ただ少し寒そうに見えるのは気のせいか。お兄ちゃん心配。



 最後に伊原。

 これがなんと、意外や意外。

 黒の肩出しカットソーに、白のパンツ。上から薄いロングカーディガンを着て、ばっちりめかしこんでいた。


 伊原のことだから、ジャージとかパーカーとか、大雑把な服を着てくると思ったんだが……。



「……あぁ、そうか。冬吾との初デートだからか」

「玲緒奈のこと? ……そうだと嬉しいね」



 冬吾も、玲緒奈に見とれて恥ずかしそうな笑みを浮かべる。

 そんな冬吾を見た玲緒奈も、頬を朱に染めてちょっと俯いた。


 なんだこのかわいいかっぷる?(語彙力)



「兄さん、そろそろ入らない?」

「あ、ああ、そうだな。案内するよ」



 いかんいかん。今日の俺はホストだ。ちゃんと、みんなをエスコートしなければ。


 正門横の受け付けで3人の通行証を貰い、いざ中へ。

 彩香は以前来たことはあるが、冬吾と伊原は初めて。当然だが、この広さや建物のデカさに唖然としていた。



「噂には聞いてたけど、改めて見るととんでもないね」

「裕二、逆玉の輿だ」

「俺も、未だに信じられないよ」



 と、周囲からの視線をすり抜けて、予約していたレジャーシートへと着いた。


 桜の木が生えてるのは、敷地を囲う塀に沿って。

 ここは真ん中辺りで桜の木から遠いが……こうして見ると、桜全体を見渡せて絶景スポットになっていた。



「おぉ、凄いなこりゃ……」

「棚からぼたもちですね」



 みんなも満開の桜に圧倒され、笑を零している。

 よかった、みんな喜んでくれてるみたいだ。



「それじゃ、そろそろ始めようか」

「だね」

「はい!」

「あ、私紙コップ持ってきたよ」

「私、取り皿」



 レジャーシートに座り、各々好きな飲み物をコップに入れていく。



「それじゃ、ユウ。音頭取って」

「え、俺?」

「もちろん」



 周りを見ると、みんな笑顔で(約1名真顔で)頷いた。

 しょうがないな……。



「えっと……気の利いた言葉は言えないけど、こうしてみんなで花見が出来ること、嬉しく思います。今日は是非楽しんでいってください」

「真面目か」

「お前がやれっつったんだろーが」



 こほん。では……。



「乾杯」

「「「「乾杯!」」」」

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