努力──⑤

   ◆



「ふんぎいぃぃぃっっっ……!!」

「はいっ、ナイスファイト!」

「ぶはっ!」



 きっ、きついっ! ベンチプレス普通にきつい!



「ふふ。初めてで55キロ10回を3セット。中々やるわね」

「ど、どもっす……」



 もう腕ぷるぷるだし胸もがくがく。

 筋トレしんどい。筋トレきつい。



「じゃあ、ちょっと休憩しましょうか。はい、EAA」

「いーえーえー?」

「必須アミノ酸の略よ。トレ中は飲んだ方がいいわ。ウチに余ってるサプリメントとかプロテインがあるし、あとであげるわね」

「何から何まで……ありがとうございます」



 本当、偶然いい人に出会えたなぁ。


 その後休憩を挟みつつ、今日は全身を満遍なく鍛えて行った。

 正確にはベンチプレス(胸)。デッドリフト(背中)。スクワット(脚)だ。


 まあ、そのせいで立ち上がれないくらいフラッフラなんですけどね!



「最初は全身を満遍なく。慣れてきて、全身に程よく筋肉が付いてきたら部分的にやって行った方がいいわ」

「…………」

「……返事がない、ただのしかばねのようだ」

「い、生きてます……」

「あら」



 いや、筋トレ初日にやるようなメニューじゃないですよね? 軽く拷問みたいな内容でしたが。


 女性に起こしてもらい、飲食ラウンジでプロテインを奢ってもらった。

 これが意外と飲みやすい。バニラ味、うまし。



「君、次はいつ空いてる?」

「木曜日、ですかね」

「わかったわ。じゃ、次は木曜日。同じ時間にここに集合ね」

「えっ。手伝ってくれるんですか?」

「勿論よ。私、誰かが頑張ってるのを見ると応援したくなっちゃうの」

「あ、ありがとうございますっ」



 これはラッキーだ。俺も筋トレ初心者。独学でやるより、誰かにしっかりと教えてもらった方が効率がいい。



「じゃあ、またね」

「あ、あのっ。お名前って……」

「……寧々子ねねこ時東寧々子ときとうねねこよ」



 女性……時東さんは軽く手を振ると、颯爽とジム施設を去っていった。


 ……何だか、かっこいい大人の女って感じの人だったなぁ。



   ◆



「丹波君が寝盗られましたぁ!」

「帰ってきて早々何言ってんの?」



 夜18時半。

 柳谷が帰ってくると、リビングで打ちひしがれたように膝をついた。

 いきなりどうしたの、この子。



「うぅ……丹波君の体から、私以外のスメルを感じる……雌のスメル……」

「犬かお前は」

「誰ですか! 誰とくんずほぐれつイチャイチャしたんですか!」

「してないしてない」



 てかあの後ちゃんと風呂に入って汗を流したよ。いや、別に悪いことしてる訳じゃないんだけどね。



「ぐぬ……ぐぬぬ……! でもちょっと興奮してるしてる私ガイル……悔しいっ」

「え、柳谷って寝盗られフェチなの?」

「丹波君限定で……」

「何その局所的なフェチ」



 全くこの子は……。

 未だに打ちひしがれている柳谷の前に跪き、優しく頭を撫でる。

 キョトンとする柳谷。でも直ぐに目を細め、口元を『ωこんな』形になすがままに撫でられている。



「安心して、柳谷。本当に心配いらないから」

「うぅ……本当……?」

「ああ、もちろん」

「じゃあ、もうその人に会いません……?」

「いや、それはちょっと……」

「うわあああああんっ! 完全に寝盗られたぁ! 『体はこの人のものだけど、心はあなたのものよ♡』のパターンなんだぁ!」

「詳しすぎじゃないかな!?」

「じゃあどうしてもう会わないって言ってくれないんですか!」



 うぐっ……う……うぅ……はぁ。まあ、秘密にすることでもないしな……。


 ただ、柳谷の為というのは伏せておこう。

 いつか、目に見えて体が変わったときに「君のために」って言った方がかっこいい。……気がする。



「ぁー……実は筋トレを始めたんだ」

「え? チ〇トレ?」

「き、ん、と、れ!」



 なんつーお下劣な聞き間違いだ!



「下に大きなジム施設があるでしょ。そこでちょっとね」

「あ〜。ありますね、確かに。何でまた突然?」

「受験生だからって1日何時間も勉強するより、少し汗をかいたりした方が効率も上がると思って」

「……なんという意識の高い……! ごめんなさい、丹波君。私勘違いしてました……!」

「わかってくれればいいのさ」

「私はてっきり、私のいない間にこのマンションに住む美人でエッチなお姉さん人妻とよろしくヤってたのだとばかり」



 言い得て妙、と言うべきか。

 ある意味では正解で、ある意味では違うが……間違ってはない。うん。

 言い回しって大事だね。ニホンゴ、ムズカシイ。



「じゃ、そろそろ飯にしようか。今日はステーキだ」

「やったー! 私、お風呂入ってきますー!」



 トテトテト……ん? 止まった?



「……丹波君、お風呂入りました?」

「ああ」

「にやり」

「言っておくが風呂は入れ直したぞ」

「ノーーーーーーーーーッッッ!!!!」



 わかりやすい反応ありがとう。

 てか、俺から女の人の匂いがするとき以上にうなだれてるんだが。



「うぅ……丹波君! これからはそういうことしなくて大丈夫です! いくら水道光熱費はパパが払ってくれるからって、無駄遣いはよくないです! お水も無駄になってしまいます!」

「む、確かに」



 いくら俺達が払わないからって、金と水の無駄遣いはダメだな。反省しよう。



「でしょ!? だから次からは、お風呂に入り終わったらそのままで──」

「次からは下の温泉に浸かりに行くか」

「そういうことじゃないんですよぉぉぉぉぉおおおお!!」



 前から思ってたけど、反応面白いなぁ。



「でも、俺の浸かったお湯を保存されるのはなぁ……」

「うぐっ。………………………………わ、かり……ました……!」



 随分葛藤したな。全く、しょうがないなぁ……。

 四つん這いになってうなだれる柳谷に近づき、耳元でこう囁いた。



「……その代わり……夜、抱き締めて寝てあげる」

「み な ぎ っ て き たァ!!!!」



 単純!

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