努力──④
◆
「という訳で、柳谷に見合う男に俺はなる」
「何がという訳なの?」
察しろよ。説明めんどいんだから。
翌日、朝のホームルーム前。
柳谷は間宮先生に呼ばれて教室を出て行き、その間に冬吾に相談していた。
昨日の始業式でのスピーチ。
そして家での勉強。
それを通して自分に自信を無くしたことを簡潔に説明すると、冬吾は声を押し殺して笑った。
「なぜ笑う」
「ふふっ……いや、やっぱりユウは可愛いなと思って」
「しばくぞ」
「ごめんごめん。でも正直、あのカリスマ性は本物だ。真似しようにも真似できない、真性のものがある」
だよなぁ……そこのところは、流石に俺も真似しようとは思わない。いや、思えない。
「俺としては、そんなに思い悩む必要はないと思うけど。誰がどう言おうと、君達はお似合いだよ」
「そうもいかない。俺のミス1つで、柳谷の価値を落とす訳にはいかないから」
俺がミスをすれば柳谷に迷惑をかける。
柳谷を貶めるようなことは、絶対にあっちゃならない。
それが、柳谷と結婚する俺の意気込みだ。
「……成長したね、ユウ。お母さん、嬉しいっ」
「誰が母さんだ」
冬吾はスマホを取り出すと、ポチポチと誰かにメッセージを送った。まあ十中八九、伊原だろうけど。
と、直ぐに返信が返ってきたみたいだ。
「ふむ、なるほど」
「何だって?」
冬吾のスマホを覗き見ると。
冬吾:ユウを美南嬢に見合う男にするにはどうすればいいと思う?
玲緒奈:筋肉
冬吾:筋肉
玲緒奈:筋肉が嫌いな女子はいない。筋肉こそ至高。筋肉万歳
あいつが筋肉フェチなだけじゃねーか。
「でも一理あるよ。人ってのは、第一印象がものを言うから」
「つまり、まずは外見を整えろってことか」
「だね。よく、健全なる精神は健全なる身体に宿るって言うだろ」
「ユウェナリスだな」
「流石。ツウィッターやネットのまとめを見ても、筋トレしたら顔つきまで変わったって報告してる人がいるよ。ほら」
へぇ……確かに、太った人がマッチョになって、顔つきも爽やかな印象になってる。
見た目が変わって、自分に自信が付いたってことか。
「ただ気を付けなきゃいけないのは、俺達は今年受験でしょ。のめり込みすぎて、勉強を疎かにするのは禁止だ」
「わかってる。柳谷に勉強見てもらってるし、その辺は大丈夫だと思う」
「あの美南嬢が家庭教師か。なら大丈夫そうだな」
となると、やっぱり筋トレか。
でも筋トレをして顔付きが変わったって言っても、
…………。
「ユウ、何調べてるの?」
「整形と骨延長手術の費用」
「ばかなの?」
◆
『ごめんなさい丹波君! 今日から普通の生活ルーチンで、お花のお稽古に行かなきゃならないんです!』
と号泣しながら家を飛び出していった柳谷。
リビングに設置したカレンダーを見ると、そこには予定がビッシリと。
月曜:習い事
火曜:お花
木曜:お茶
日曜(午前):マナー、護身術
日曜(午後):読モ
うーん、すごい。こう見るとやっぱりお嬢様なんだなぁ。
……何でこんなにいい教育を受けて、中身おっさんなんだろう。実はおっさん? カリおっさんみたいな?
それに、この月曜日の習い事ってなんだろう。
他のはちゃんと書いてあるのに……気になる。あとで聞いてみよ。
ただ水曜、金曜、土曜が空いているのは柳谷曰く。
「週の終わりはいっぱいイチャイチャしたいです! 週の真ん中も、丹波君成分で回復したいのです!」
とのこと。丹波君成分ってなに。
まあ、これで柳谷の生活リズムも何となく把握した。
てことはだ。俺も月曜、火曜、木曜、日曜に筋トレすればいいってことだな。
じゃ、早速行ってみるか。
柳谷の家が用意してくれたのか、新品のトレーニングウェアを持って2階のジム施設に向かった。
入口手前にはトレーニングに必要なサプリメントが売られていて。
その奥がマシンエリア。
右に曲がるとフリーウェイトエリア。
左に曲がると有酸素マシンのあるカーディオエリア。
その他にも飲食ラウンジ、ダンススタジオ、格闘技スタジオ、ストレッチエリア、整体なんかもある。
めちゃめちゃ広い。
このマンション分ぶち抜いて作られてるから、施設も充実している。
ここは大手トレーニングジムと提携していて、住人なら24時間使い放題らしい。
なのだが……。
「……誰もいないな」
今は火曜日の16時。
世の中の主婦も忙しい時間帯なんだろう。
入口から中に入ると、受付のお姉さんと目が合った。
「いらっしゃいませ。こちらの方で指紋認証をお願いします」
「あ、はい」
このマンションの人は、指紋認証でわかるのか。便利。
「……はい、確認しました。男性用更衣室はあちらです」
「わかりました」
こういう新しい場所に来ると緊張するのは俺だけでしょうか。俺だけですか、そうですか。
案内された更衣室で着替えてから、トレーニングエリアに入った。
うーん……これ、どうすりゃいいんだ? とりあえずストレッチとか、準備運動をすればいいのか?
何をしていいかわからず立ちすくんでいる俺。
すると、エリアの奥から1人の女性が汗を拭きながらこっちに向かってきた。
「あら、珍しいわね。君みたいな男の子がここに来るのは」
「あ、あー……はい。初めてです……」
……気まづい。
いや、気まづいと言うか、目の毒というか……。
大人の女性特有の色香。
艶やかな黒髪。色気のある目と口元。
若干妖艶な感じだが、バランスのとれた美人だ。
引き締まった肉体に、大きすぎず小さすぎず、ナイスなたわわ。
だが身に着けているものがいただけない。
ピンクのスポブラ。
黒のスパッツ。
以上。
え、女性ってこんな服で筋トレしてんの? エロすぎないデス?
「ふふ、歓迎するわ。ここ、男の子ってほとんど来ないから」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。このマンションに住んでる男の子って、将来の勉強勉強って言って運動しないもの。旦那さんも仕事で忙しいから、基本奥さんくらいしか来ないし」
ふーん。まあ人が少ないなら集中してできそうだな。
「わかりました、ありがとうございます。それじゃ」
「あぁ、待って。どうしてここに来たのかだけ教えてくれないかしら?」
どうして……どうしてか……。
「……好きな人に見合う男になるため、ですかね」
うわ、改めて言葉にすると恥ずかしいなこれ。
だけど女性は、驚いたように目を僅かに見開いた。
「……あなた……」
「はい?」
「かっこいいわね。男の子って感じよ」
「はは……ありがとうございます」
「ねえ、それ私に手伝わせてもらえない?」
「……え?」
女性は手に持っていたタオルを肩に掛け。
「あなたを、その子に見合う素敵な男にしてあげるわ」
楽しそうに、笑った。
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