努力──⑥
「では丹波君、どうぞ」
「あ、うん」
風呂も飯も予習復習も終わり、夜の23時。
夕方の約束を果たすべく、今日は俺が先にベッドへ横になった。
柳谷曰く。女の子は誘われたい生き物、ということらしい。
よくわからんが、柳谷がそう言うなら間違いないだろう。
それにしても眠い。慣れない筋トレをしたからだろうか。頭が上手く回ってないのがわかる。
目がとろん。頭ふわふわ。ちょーおねむ。
先に横になった俺が、重い腕を柳谷に向けて広げた。
「柳谷、いいよ」
「うわエロ」
エロくないわ。
「ごくり……さ、誘い受けがウケる理由がわかる気がします」
「じゃあ柳谷はヘタレ攻めか?」
「にゃにおうっ。わ、私だってやろうと思えば……!」
ぽすっ、と俺を床ドンする柳谷。
だけど……そこから動かない。
俺を見下ろし、口をもにょもにょさせて固まったままだ。
長い髪がカーテンのように広がり、間接照明の光を遮断する。
煌びやかに光る髪。
それでもわかるほど、柳谷の顔は真っ赤になっていた。
「柳谷、緊張してる……?」
「ぅ……そ、そんなこと、ありません……わ、私を緊張させたら、大した──」
「かわいいな」
「ひゅっ……!?」
柳谷の頬を両側から包み込む。
喉から空気が漏れ出たような音が聞こえた気がするけど、構わず柔らかな肌を堪能した。
ふわっとした甘い香り。柳谷の香りだ。
「柳谷の匂い……安心する」
「きゅ、きゅうにっ、なにを……!?」
「最近一緒に寝てるとさ……この匂いがすると……いいなっておもうよーに……」
「……丹波君?」
あぁ……安心したら、一気に……眠く……。
ぁ、でも……抱き締めてねるってやくそく……した……。
「やなぎや……」
「はにゅっ!?」
首、ぎゅっ。
ぽすっ……体の上にいい感じの重さとあたたかさ……とてもよい……。
「ぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅ……!?!?」
「おやすみ、やなぎや……」
「ここここここんな状態で眠れるわけないでしゅぅ〜……!」
ちょっと何言ってんのかわかんないです。
◆
翌日、4月8日。
うーん……バッキバキの筋肉痛。
時東さん曰く、胸と背中と脚の筋トレらしいけど……腕もケツも腹筋も痛い。
とにかく全身だ。全身筋肉痛。
一応トレ後のストレッチを入念にやって、時東さんオススメのサプリメントを飲んだおかげか、思ったより筋肉痛は酷くない。
それに思いの外スッキリ眠れた。やっぱり運動ってのは睡眠の質を上げてくれるんだな。
「で、何で柳谷は俺より眠そうなの?」
「丹波君が昨日寝させてくれなかったからです……」
えっ、俺なにした!?
えっと……俺が先に横になって、その後……その後どうしたんだっけ?
ダメだ、眠すぎて記憶にございません。
隣で珍しく欠伸をしてる柳谷。
悪いことしたなぁ。
「ごめんな、柳谷。俺のせいで……」
「いえ。むしろご馳走様です」
本当、何した……いや何されたの俺!?
「っと、いちちち……!」
「丹波君、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。なんとか歩けはする」
筋肉痛が軽いとは言え、辛いもんは辛い。
特に脚の筋肉痛がこんなに辛いものだとは思わなかった……!
まあ、それを見越していつもより早く家を出た訳だけど。
そのお陰で、登校してる生徒はほとんどいない。
いるとしたら、朝練に向かう生徒くらいか。
俺が辛そうなのを見てか、柳谷がそっと手を握って支えてくれた。
出来すぎた嫁で泣きそう。
「たまにはこういう朝もいいですねぇ」
「ああ。最近はのんびりした朝ってなかったからな」
まあ、最近と言っても柳谷と一緒に登校初めて3日目なんだけど。嫉妬やら殺意の視線は減らないしな。
でも、こうして誰の視線も気にならない朝も久々な気がする。
「あれ。兄さん、姉さん?」
「ん? おお、彩香」
「彩ちゃん。おはようございます」
声を掛けられた方を見ると、防具袋と竹刀袋を背負った彩香がいた。
頭のポニーテールと、見ようによってはイケメンにも見える容姿で、相変わらず武士感が出ている。
「帰宅部の2人がこんな朝早くから珍しいね」
「ああ。ちょっとな」
「彩ちゃんは部活ですか?」
「うん。本当は仮入部期間中は朝練はないんだけど、むしろ是非出て欲しいって言われちゃって。……ぁ……」
俺と柳谷が手を握ってるのを見て、彩香の顔が若干曇った。え、どしたの?
「……っ。そ、そろそろ行かないと遅刻しちゃう。じゃあね」
「ああ。頑張れ」
「頑張ってください、彩ちゃん。試合の時は応援に行きますね」
「うん、よろしく!」
手を挙げて返事し、軽快な足取りで走っていった。
こんなところまでイケメンか。こりゃ、冬吾が卒業したあとは彩香が学園の王子様だな。
「彩ちゃん、すごいですね。私達も頑張らないと」
「だな……ん? 柳谷も何か頑張るものがあるのか?」
「ふぇっ!? あ、ああああれですっ! 受験勉強とかっ、頑張らないと!」
「お、おう?」
なんか慌てすぎなような……。
「あ、もしかして、月曜日の習い事ってやつ?」
「ギクッ。ち、違いますよ。あれは違います」
「いやギクッて言っちゃってるし」
「と、とにかくあれは秘密! 秘密なのですー!」
「あっ」
……走って行っちまった。そんなに秘密にすることだったのか?
……怪しい……。
◆
イライライライラ。
ふんっ、何さ。兄さんも美南も朝から見せつけてくれちゃって……!
って、何怒ってるんだろう私は。
でも……むぅ! 兄さんのあほー!
「ちょちょちょっ! た、丹波さん朝から飛ばしすぎぃ!」
「あの子、もう10人抜きしてるんだけど……」
「朝から荒れてるというか……」
「何があったんだろうね?」
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