努力──②

   ◆



 時間にして3時間。

 彩香の調理音をBGMに、たっぷり集中して勉強できた。

 おかげで、今日のわからないところも明日の予習もほぼ完璧だ。


 ただ、脳を使いすぎてあまーく痺れてる感覚がある。

 3時間、休憩もなくぶっ続けで勉強したからなぁ。流石に疲れたか。



「2人共、夕飯できたよ」



 で、満を持して彩香の手料理が運ばれてきた。


 食欲をくすぐる山盛りの唐揚げ。

 ふわとろ卵のオムライス。

 トマト、コーン、ツナが乗ったサラダ。

 それにナスの揚げ浸しに、大根の味噌汁。ほうれん草のおひたし。

 これを1人で用意したのか……すごいな。



「おおっ、丹波君の大好物ばかりですね!」

「ふふ。兄さんって、昔から子供っぽい食べ物が好きなんだよね。唐揚げとか、オムライスとか」

「うんうんっ。それで幸せそうに食べる顔が可愛くて……」

「「ねー」」

「お前ら俺を辱めて楽しいの?」

「「楽しい」」

「会って早々仲良くなりすぎじゃね?」



 恥ずかしすぎて顔熱いんたけど。

 別にいいじゃん。唐揚げもオムライスも美味いじゃん。ハンバーグとかカレーとか美味いじゃん!



「あらら。怒っちゃいました」

「ごめんね兄さん(笑)」

「かっこわらを付けて謝るな」



 全くもって誠意を感じられん。

 やはりあれか、自分が賢すぎて兄が弱く見えているのか。

 ちきしょう、その通りすぎて反論できん。


 でもそんな怒りも、目の前のご馳走の前には無力……!



「では、温かいうちにいただきましょう。いただきます」

「「いただきます」」



 ではまず唐揚げから。

 カリッ、ジュワッ──。



「〜〜〜っ! うまぁ……!」



 噛んだ瞬間のカリッとした食感。

 口の中に弾ける肉汁と出汁の旨み。

 噛めば噛むほど、食べれば食べるほど食欲が湧き出てきて箸が止まらない……!



「兄さん、美味しい?」

「ああ、うまい! またうまくなってる!」

「……よかった」



 ホッと安心したような顔をする彩香。

 今まで何度も食べて来てるけど、そんなに心配かな? 毎回うまいと思うけど。



「…………」

「ん? 柳谷、どうした?」

「ふぇっ!? な、何がですかっ?」

「いや、彩香の顔をじーっと見てたけど」

「そそそそんなことないですよっ」



 ……? 変な柳谷。あ、いつもか。

 それにしても、やっぱ彩香の飯はいつ食ってもうまいなぁ。俺もこれくらいできるようになりたい。



「……あの、彩香さん。提案があるんですが……」

「え、なんですか?」

「……今日泊まっていきませんか?」

「……え? で、でも……」



 チラッと俺の顔を見る彩香と柳谷。

 ……なぜ俺を見る。



「いいんじゃないか? ゲストルームってのもあるし、おじさんには俺から言っておくよ」

「え、と……じゃ、じゃあ、お世話になります」



 んん……? 彩香も、何をそんなにそわそわしてるんだ?


 柳谷を見る。

 彩香を見る。

 ……なんか、不穏な空気?



   ◆



「ごめんなさい、彩香さん。無理を言ってしまって」

「い、いえ。全然大丈夫です……!」



 場所は変わってお風呂場。

 円形状の湯船の中に、私と彩香さんが向かい合って浸かっています。


 本当は丹波君と一緒に入りたいのですが……【一緒にお風呂童貞】は、彩香さんに捧げてしまいました。

 ……いや、違いますね。

 丹波君と血縁を持つ彩香さんと一緒に浸かってる……これはもう、丹波君と一緒に入ってるようなもの! つまりは間接混浴! 今新しい概念を作り出してしまいました!


 ふっ……やはり私は天才。天才ミナちゃんと呼んでください。ぬへへへ……!



「あの、姉さん……?」



 おっと、怯えさせてしまいました。うっかりです。

 ……それにしても、こう見ると本当にスラッとしてますね。胸は残念ですが、それを補うくびれ、手脚の長さ。ぐぬぬ……羨ましい……!


 こほん。落ち着きなさい私。そう、今は親睦を深めるときです。



「彩香さん。2人っきりのときは、私のことは美南と呼んでください。敬語もなしで、友達みたいに」

「……わかったよ、美南。じゃあ私のこともさん付けじゃなくていいよ」

「じゃあ、彩ちゃんで」

「うん」



 ふふふ。友達が増えました。



「それで美南。私をここに泊めて、何か思うところがあるの?」

「うぐっ……察しがいいですね」

「何のためかはわからないけど」



 むむむ。本当はもう少し楽しいお話をしたかったのですが……仕方ありません。



「お話というのは、丹波君……裕二君のことです」

「兄さんの……? まさか兄さん、美南に変なことを強要してるんじゃ……! 縛ったり露出強要したり真空パックしたり!」

「え?」

「……ナンデモナイヨ?」



 縛ったり露出強要はわかりますが……真空パックとはなんでしょうか? 謎は深まるばかり……。



「……まあ、そこは大丈夫です。裕二君の性癖は熟知してますし、強要されても心の底から受け入れる所存ですので」

「そ、そう……」



 おや? なぜだろう、ドン引きされてる?

 ……まあいいです。



「こんなこと聞くのはあれかもしれませんが……」



 一瞬だけ、私の良心がストップを掛けました。

 けど……止められませんでした。






「もしや彩ちゃん……裕二君のこと好きなのでは?」






「────」



 目を僅かに見開き、直ぐにいつもの切れのある目に戻ります。



「……どうしてそう思うの?」

「乙女の勘です」

「ふふ。それはこの上ない最高の根拠だ」



 茶化されてる気がします。気のせいでしょうか。



「安心して、美南。私は兄さんを好きじゃないよ」

「……本当ですか?」

「うん。確かに私は、兄さんを人として尊敬してるし、家族としてライクではある。でも、ラブにはなり得ない」



 そう語る彩ちゃんの目をじっと見つめます。

 これでも私、社交界などで色んな人を見て来ました。そこから、相手がどんなことを考えてるのか。下心はあるのか。……嘘をついているのか、見抜けることができます。



「……そうですか。私の勘違いだったみたいで……ごめんなさい、変なことを言ってしまいました」

「ううん。私の方こそ、さっきの夕食のときに勘違いさせてしまってごめん」

「うぐっ……やはりあのとき、気付いていましたか……!」

「美南、兄さんのことになるとわかりやすいし」



 くすくすと笑う彩ちゃん。

 ぐぬぬ……一杯食わされました……!



「それじゃあ、私はそろそろ上がるよ。余り長湯は好きじゃないんだ」

「あ、はい。わかりました」



 湯船から上がった彩ちゃんの体……エロいなぁ。



「目から欲望が漏れ出てるよ」

「しまった……!」

「あはは! 美南って、外と家では大違いだね!」



 そういう彩ちゃんの声色には、失望の色はありません。むしろ好感度は上がったようです。


 湯船から上がった彩ちゃんは、バスタオルで体を拭いてから扉を開けました。

 お風呂場で体を拭いてから外に出る。こんな所も丹波君と同じです。



「それじゃ、お先に」

「はい。……彩ちゃん」

「ん?」

「私が言うのもなんですが……自分の気持ちには素直になった方がいいですよ」

「……肝に銘じておくよ」



 影のある笑みを最後に、扉がゆっくりとしまりました──。



【作者より】


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