努力──①

   ◆



「ちかれた……」

「あはは……こんなにお祝いされるとは思わなかったですね」



 今日の授業。担当教師が来る度に祝われ、皆の注目を浴びた。

 精神的にキツイ。かなり削られた気がする。


 てかこの学校の先生達、順応早くない? 普通教え子が在学中に結婚するってなると、止めたり諭したりするもんじゃないの?


 そんなことを柳谷に言うと。



「パパの影響力って以下略」



 とのこと。

 まさかとは思うが教師を買収したのかあの人。



「やだなー、そんなことするはずないじゃないですか」

「だ、だよな」

「現金ではなくヤナギヤ家具の家具を渡したくらいでしょう」

「それを買収って言うんだが」



 やっぱりこの親子、感覚が麻痺してる気がする。


 放課後、帰りの支度が済んだ俺と柳谷は、並んで教室を後にした。

 冬吾はサッカー部。伊原は文芸部に向かったみたいで、教室に残っていない。


 因みに伊原が文芸部の理由は、文芸部の部室からサッカーをする冬吾をずっと見ていられるため。別に本は好きではない


 うーん、ベタ惚れ。理由が不純だ。


 階段を降り、昇降口へ向かう途中。1年の教室の方で、誰かが囲まれていた。


 まさか、もうイジメが発生してるとか? おいおい、今年の1年はこえーな。



「止めますか?」

「個人的には、余り関わりたくはないんだが……ん?」



 ……あれ? 彩香?

 俺の従姉妹であり、今年から可愛い後輩の丹波彩香たんばあやか

 彼女が、集団の真ん中にいた。

 よく見ると、皆和やかな雰囲気だ。



「ねえ丹波さんっ。いいじゃん、遊びに行こうよ!」

「みんな行くしさ、ね?」

「進学校に入学したけど、やっぱり親睦も深めたいし!」

「俺も仲良くしたい!」

「私も!」



 おぉ……流石彩香。大人気だ。

 ただ本人は、四方八方からくるお誘いに困ったように苦笑いを浮かべていた。



「はは、参ったな……本当にすまない。今日だけは外せない用事があるんだ」

「えーっ」

「御家族とお食事ですか?」

「似たようなものと言えば、似たようなものかな。でも、皆とも仲良くしたいとは思っている。是非日を改めて誘ってほしい」



 爽やかでクール。

 ポニーテールとも相まってまるて武士のようにも見えなくはないが、本人の容姿と雰囲気にとてもマッチしている女の子。


 言うなれば、王子様。


 そんな女の子が、自身の胸に手を当て、スピーチのときには見せなかった微笑みを向けた。

 たったそれだけ。

 今あの場にいる1年生達は男女問わず頬を染め、ポーっとした顔で彩香を見つめている。


 やっぱり流石というか……人心掌握に長けている。

 俺と同じ丹波の血が流れてるとは思えないなぁ。



「──む?」



 あ、目が合った。

 直後、困った顔をしていた彩香の顔が、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように華やいだ。



「兄さんっ」

「「「「「……兄さん?」」」」」



 彩香の言葉に、この場にいる全員の目が俺に注がれた。

 ぶっちゃけめちゃめちゃ居心地が悪いが……まずは功労者の彩香を褒めてやらなきゃな。


 彩香は、久々に会った飼い主に甘える子犬のように、小走りで近付いてきた。



「彩香、さっきのスピーチよかったぞ。流石だな」

「ふふ。ありがとう」



 さっきと変わらず王子様のような微笑みを絶やしていないが、彩香のまとう雰囲気が「褒めて、褒めて」と言っている。


 相変わらず犬みたいな子だ。



「あっ、そうだ兄さん。結婚おめでとう。驚いたよ」

「ありがとう。紹介するよ、柳谷美南だ」



 隣に立っていた柳谷を紹介すると、柳谷はがっつり外ヅラを被って微笑んだ。



「リハーサルの時ぶりですね、彩香さん。スピーチ、とてもよかったです」

「ぁ……ありがとうございます。柳谷せんぱ……いや違うな……姉さん?」

「まあ……! ふふ、そうですね。これからは彩香さんのお姉さんです」



 くすくすと楽しそうに笑う柳谷。

 その笑みに、あの彩香でさえ見とれ、頬を赤らめた。ちょ、俺の嫁だからね?


 と、俺達だけの空間に、1年生の陽キャっぽい女の子がぐいぐい入って来た。



「ちょ、ちょっと彩香ちゃん! えっ、まさか噂の丹波先輩の妹なの!?」

「正確には、従兄弟なんだ。ほぼ兄妹のように育ったから、兄と言えば兄だね」

「正真正銘のお兄ちゃんだ」



 デコピンくらえ。



「あいたっ」

「全く……どうも、彩香の兄の丹波裕二だ。妹をよろしく頼む」

「は、はいっ! 任せてください!」



 うんうん、元気ないい子だ。

 これなら彩香も楽しい高校生活を送れるだろう。



「じゃあ彩香ちゃん、また明日ね!」

「うん。みんな、楽しんで来て」



 彩香の周りに集まっていた1年生達が、俺達にも一礼して去っていく。



「で、彩香。本当に行かなくてよかったのか?」

「うん。今日は兄さんのところに行こうと思ってたから」

「俺のところに?」



 はて、何か用事でもあったか?

 彩香は俺に流し目を送ると、様になっているウィンクをし。



「結婚祝い。兄さん達の家で料理を作らせてよ」



 なんて言い出した。



   ◆



「逆玉の輿すぎる……」

「ナイスリアクション」



 リビングに入った彩香ぽかーん。

 うんうん、わかるぞーその気持ち。


 鞄を適当に置くと、キッチンへ案内した。



「うわっ、すごっ。全部最新式だ……! これは腕が鳴るよ」

「彩香さん。今更ながら、お願いしちゃっていいんですか?」

「あ、はい。私、料理好きなんで」

「まあ柳谷、今日は任せよう。彩香の料理は絶品なんだ」



 料理を始めたのは俺が先で、彩香は俺を真似て料理を始めた。

 今では俺より彩香の方が料理の腕はいい。


 頭の出来も、俺が家庭教師をしていたのに学年首席になるくらい要領がよく。

 更に部活も剣道部で全国区の選手として有名な……あれ、俺が彩香に勝ってるところ無くない? ぴえん。


 優秀な妹を持つと兄は苦労するよ。さすおにと呼ばれる日は遠いな。


 ソファーに座って、キッチンで手際よく料理する彩香を見る。

 何かを切る軽快な音がリビングに響き、心地いい。



「ほぁ……すごいですね、彩香さん……」

「ああ。また腕を上げたみたいだ」

「……丹波君は、やっぱりお料理ができる女性の方がいいですか?」

「え、どうだろ……今の時代男だから、女だからって言うのは違うし、できる人がやればいいと思う」

「……そうですか……」



 神妙そうな顔で何かを考えている柳谷。そんなに深く考えなくてもいいと思うけどな。


 ……それにしても暇だな。



「彩香、何か手伝うか?」

「大丈夫。兄さん達はゆっくりしてて」



 そう言われてもな……この家、ゲーム一式は揃ってるけど俺はほとんどやらないし……。



「勉強でもするか。柳谷、今日の授業でわからないところがあったんだけど、教えてくれないか?」

「いいですよ。任せてください」

「頑張れ受験生ー」



 去年まで自分の立場だったくせに。ニヤニヤすんなこの野郎。


 テーブルで柳谷と並んで座り、今日の復習と明日の予習、加えて受験のための勉強をしていく。



「うわ、すごい……先生より全然わかりやすい」

「そ、そんなことないですよ」

「いや、マジで。今年の受験勉強、柳谷に家庭教師してもらおうかな」

「勿論です。一緒にMITを目指しましょう」



 それは無理。

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