始業式──⑥
進学校の始業式と言っても、流れは一般の高校と変わらない。
開式の言葉。校長の話。校歌斉唱。閉式の言葉。
だけどこの学校は、各学年の首席が挨拶と抱負を述べることになっている。柳谷は3年生代表。そして1年の代表は──。
『続いて、学年の抱負。1年生、
「はいっ!」
丹波彩香。
例の俺の従姉妹である。
赤茶っぽい地毛のポニーテール。
切れ長で全てを射抜くような目。
微笑みという概念を犬に食わせたぜ、とでも言いそうな真一文字の口。
スラリと長い手足に、年相応以下の残念ボディ。
喩えるなら日本刀。しかも芸術品としてではなく、敵を叩き斬るために作られた
彩香のまとう雰囲気は、まさにそれだった。
そんな彩香の登場に、今まで静かだった体育館内が妙にザワついた。
「おお。彩ちゃん、また美人になった?」
「そうか? 去年は俺も1年間あいつの家庭教師やってたけど、そんな変わってないぞ」
「いやいや、変わったって」
うーん……まあ、近くにいすぎて変化に気付かなかったのかもな……そう言われればそんな気もする。
壇上に登り、目を閉じて深呼吸をする彩香。
直後──凛とした声が、体育館に響いた。
ブレない、そして乱れない言葉で、1年間の抱負を述べていく。
誰もがその言葉に聞き入っている。冬吾も、茶化さず背筋を正した。
あの子のすごいところは、言葉だけで他人の心に発破をかける。やる気を引き立たせる。
圧倒的カリスマと言うべきか。
あれが、丹波彩香だ。
彩香の挨拶が終わると、拍手が沸き起こった。
よくやった、いいスピーチだったぞ、彩花。あとでめいっぱい褒めてやろう。
「いやぁ、相変わらずすごいなぁ、彩ちゃん」
「ああ。兄として鼻が高い」
続いて2年生。
ごめん、君のこと知らないから割愛。
強いて言うなら2年生も女の子だった。ツインテールで気が強そうな印象だ。
最後に、3年生。
我らが柳谷美南その人だ。
『続いて3年生、柳谷美南』
「はい」
司会の先生に呼ばれ、立ち上がる柳谷。
見慣れている2、3年生でさえ柳谷が歩く姿に見とれている。
初めて見るであろう1年生に至っては呼吸すら忘れ、身じろぎ1つしない。
柳谷が壇上に立つ。たったそれだけで、体育館内の空気を支配した。
『──1年生の皆さん。改めまして、ご入学おめでとうございます』
「「「「「────」」」」」
たった1つの定型句。
それだけで引き込まれるというか、脳が麻痺するというか。彩香にも、2年生代表にもない色気のようなものがあった。
彩香は、完璧なまでに洗練された言葉で皆を魅了するタイプ。
2年生代表は、気炎万丈で自由奔放。周りを元気にするタイプ。
だが柳谷は違う。
耳に残る言葉遣い、言い回し。ここしかないと思えるほど完璧な息遣い。そして間。
それだけじゃなく少しおどけて見せたり、冗談を言って見せたり。
ただの首席代表のスピーチなのに、体育館内には笑いが溢れていた。
…………。
「ユウ、両手で顔を覆って天を仰いでるけど、どうしたの?」
「説明どうもありがとう。いや、今更ながら柳谷と俺の釣り合わなさを自覚して嘆いているところです」
「そうかなぁ? 俺は、2人はお似合いだと思うよ」
そうであってほしい。
ここ数日。柳谷と結婚できるとか、柳谷の本当の姿を見てギャップに萌えてたりとかしてたが……改めて現実を突き付けられた。
これは、うかうかしてられん……!
◆
柳谷のスピーチが終わると、最後は校歌斉唱で締め括られた。
有名バンドやアイドルのライブを見たあとの爽快感。結局、柳谷1人に全て持っていかれた形になったな。
そして戻って来た教室にて。
「褒めてください」
「…………」
俺の前で微笑む柳谷。
黙り込む俺。
興味津々に見てくるクラスメイト。
ニヤニヤ顔でスマホを向けてくる冬吾。お前動画撮ろうとしてんじゃねーよ。
「え、えっと……」
「褒めてください」
と、頭を下げてくる柳谷。
これはあれか、なでなでしろと言いたいのか。今ここで。
「あ、あ〜……後ではダメ?」
「ダメです。家まで待てません」
ザワッ──。
「お、おい今……」
「家って言った……?」
「え、2人って同じ家に住んでるの?」
「そんな馬鹿なぁ!」
「いやでも結婚するわけだから、当たり前じゃない?」
「ぐぬあああっ!」
「受け入れ難い現実に全俺が泣いた!」
「好きな人と一緒に住むかぁ〜。憧れちゃうなぁ」
「ねぇー」
様々なリアクションが教室を飛び交う。
いや、教室だけじゃなく、廊下で俺達を見ていた野次馬も打ちひしがれていた。
が、そんなことどうでもいい。
今俺は窮地に立たされている。
あの柳谷の頭を撫でる。しかも、衆人環視の教室で。
別に俺はバカップルになりたい訳ではない。
いや、柳谷とイチャイチャしたいって気持ちはもちろんある。だけど、TPOを弁えずイチャイチャしたいわけではないのだ。
だから、ここは無〇様ばりに心を鬼にして。
「……柳谷」
「ごめんなさい」
……え?
柳谷はちょっと寂しそうな。悲しそうな笑みで頬を掻いた。
「そうですよね。皆さんの前では恥ずかしいですもんね……ごめんなさい、無理強いしてしまって」
「あ、いや、その……」
柳谷の急な態度の変わり具合。
それを見ていた野次馬が、「泣かせたらコロ助なり」とばかりに俺を睨み付けてきた。
お前ら、俺に柳谷を撫でて欲しいの? 撫でて欲しくないの? どっちなの?
「ま、まあ……わかってくれればそれで……」
「でも」
目を潤ませ、手を組み、祈るように俺を見つめてくると──。
「大好きな人に1番最初に褒められたいと思うのは、ワガママでしょうか」
──俺の手は、無意識に柳谷の頭を撫でていた。
「「「「「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」」」」」
「「「「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」」」」」
……はっ!? お、俺は一体何を……!? まさかスタンド攻撃か……!
「えへへ……ありがとうございます、丹波君♡」
「ぁ……うん」
ま、柳谷が喜んでくれるなら、バカップルもありかな……なんて。
「計画通り(にやり)」
「おのれ確信犯か」
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