始業式──⑤

 冬吾と雑談して待つことしばし。

 唐突に前の扉が開くと、この場の空気に一瞬にして緊張が走った。

 悪い意味ではなく、いい意味で。


 その元凶は彼女、柳谷だ。

 さっきまで体育館に行っていた彼女が、女神の微笑みで教室に入ってきた。



「皆さん、おはようございます」

「「「お、おはようございます……」」」



 まさに女神の凱旋。彼女の持つ美貌と雰囲気に、誰もが圧倒され言葉を失う。






 まあ、中身は下ネタ大好きおっさんお嬢様なんですけどね。






 微笑みを絶やさないまま、柳谷は自分の席に鞄を置くと俺の方に近付いてきた。


 すました顔しやがって……! 今朝はどぎつい下ネタ連発してたくせに……!



「丹波君、戻りました」

「うん、お疲れ様。リハーサルは大丈夫?」

「ええ。予め用意している台本通りに喋るだけなので」



 普通の高校生は、予め用意していても全校生徒の前に立つのは緊張するもんだぞ。

 緊張の片鱗すら見せない柳谷、流石だなぁ。



「やあ美南嬢。結婚おめでとう」

「あ、高瀬君。ありがとうございます。また丹波君と同じクラスなのですね。これで15年連続同じクラス。すごいです」

「うん。俺も驚いた……あれ? そのことユウから聞いたの?」

「まあ、似たようなものです」



 おいコラ嘘つけ。

 俺、そのことは一言も言ってないからな。軽くストーカー発言してくるのやめなさい。



「これからは、夫婦共々よろしくお願いします」

「こちらこそ。ユウをよろしくお願いします」

「お前は俺の親か」

「自負してる」

「するな」



 終始、和やかムードで会話を続ける俺達。

 周りはそわそわチラチラ見てくるけど、そんなこと関係ない。

 2人が俺の傍にいてくれるだけで、本当に頼もしい。


 のんびり会話を楽しんでいると、教室の前の扉が開き、1人の先生が入ってきた。


 間宮由香里まみやゆかり


 ウェーブの掛かった栗色の髪に、おっとりした目。

 ゆったりとした森ガール風の服を着ていて、その雰囲気に合わせて性格もほんわかおっとり。

 この学校で1番美人と言われる国語教師で、美人すぎる教師としてテレビにも出たことがあるらしい。


 左手薬指にはまっているシルバーリングからして、結婚してるのは明白だ。

 本人から聞いたことはないけど。



「ゆかりんだ」

「やったね」

「間宮先生よろしくー」

「このクラス当たりだな」



 流石の人気。俺も間宮先生のことは1人の大人として尊敬してるし、人間として好きだ。面倒な教師に当たらなくてよかった。



「は〜い。皆さんおはようございま〜す」



 にっこり。本当、明るく元気で陽光みたいな人だ。



「これから1年間、皆さんの担任を務める間宮由香里です。皆さんのお勉強をサポートするので、一緒に頑張りましょ〜。えいえいお〜、だよ〜」



 出た、えいえいおー。

 間宮先生は応援するときにえいえいおーと言ってくれる。

 甘い声とほんわか笑顔でそう言われると、何故だかやる気が出てくる不思議。それがクセになり、この人の担当するクラスの国語の点数は馬鹿みたいに高いのだ。


 まさに癒し系最強能力者(俺命名)。



「あ、それと丹波くん、柳谷さん」

「はい」

「……え。あ、はい」



 突然呼ばれ、2人で立ち上がった。



「結婚おめでとうございます。私、ニュース見てとっても感動しました〜」

「ありがとうございます、間宮先生」

「あ、ありがとうございます」



 優雅にお辞儀をする柳谷に続き、俺も慌ててお辞儀する。

 間宮先生と冬吾が拍手をすると、まばらだが次々に拍手が起き、最後には全員が笑顔で拍手してくれた。



「私の教師人生で、まさか在学中の生徒同士が結婚するとは思ってもみませんでした。お2人にはこれから様々な試練があるかもしれませんが、いつでも相談しに来てくださいね〜」

「はいっ」

「その時はよろしくお願いします」



 流石、先輩人妻。言葉に重みがある。

 皆に向けて軽く会釈して席に座る。

 と、俺のスマホが鳴動した。誰だ?

 ……伊原いばら



 玲緒奈:おめでとう

 裕二:ありがとう。お前から俺に連絡するなんて珍しいな

 玲緒奈:裕二は私ととー君の愛のキューピット。そんな裕二がずっと好きだった柳谷さんと結婚。私も嬉しい

 裕二:愛のキューピットって……まあサンキュー



 チラッと伊原を見る。

 机に肘をつき、ぼーっとした顔で外を見つめていた。

 みんな見てくれ。あんな恋愛とか興味ないですよって顔をしてる子が、愛のキューピットとか言ってるんだぜ。


 ちょっとキュンとくるだろ?



「それでは体育館に移動しましょう。出席番号順で廊下に並んでください」



 間宮先生の指示で廊下に並び、体育館に移動する。

 移動すると色んな人に見られるが、それももう慣れた。

 人間、慣れが1番怖いって言うけど、こればっかりは慣れてくれた方が助かる。人の視線、怖い。がくぶる。


 メイン体育館は校舎から少し離れた場所にあるが、広さでいえば普通の体育館よりかなり広い。

 普通の高校はバスケのコート1面分しかないが、ここは2面分の広さがあり、さらに2階には観客席まである。

 城西高校メイン体育館と言えば、近隣でもかなり有名だ。


 そんな体育館に集まった全校生徒と教師、約1000人。

 始業式が、始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る