同棲──②
数日後。
田舎から帰ってきた俺達は我が家へと帰って来て……いなかった。
「……えっと……これはどういう……?」
目の前にそびえ立つ
マンションの入り口前には広々とした庭。
綺麗な池や植物があり、子供連れが遊んだりしている。
更にマンションの1階部分にはコンビニ、薬局、レストランまで……。
最近作られた高級マンションとして、テレビでも幾度となく取り上げられているのを覚えてる。
俺達の通う高校から徒歩20分。最寄りの駅まで徒歩5分という超好立地。
防犯設備も防火設備も一流のものを揃え、エントランス前には警備員が立哨までしている。
明らかな場違い。
なんでこんな場所に放置されてるのん、俺?
「む?」
ひえっ、睨まれた……!
くそぅ! 何で最寄り駅に着くなりこんな場所に拉致られなきゃならんのだ!
てか父さん、母さん! 息子が謎の黒服に拉致られたのを目の前で見てたのに笑顔で送り出すとはどういう了見だこら!
うぅ、どうすりゃいいのこれ……!
どうすればいいのかわからずソワソワしてると。
「失礼、お客様。ここに何かご用でしょうか?」
警備員に絡まれたんですけどおおおおおおお!
てかそりゃそうか! 今の俺完璧不審者だもん!
「え、えと、その……」
「お客様、落ち着いてください。誰かと待ち合わせでしょうか?」
「えぅ、あぅ……!?」
待ち合わせ? え、俺待ち合わせしてるの?
「俺……誰かと待ち合わせしているんでしょうか……!?」
「…………はい?」
しまったあああああああああ!
そうだよね! そういう反応になるよね!?
なんで俺警備の人に質問してんだよ! この人が知るはずはいだろ!
「……申し訳ございません。身分証を拝見させてもらえませんか?」
「みみみ身分証……! あっ……」
財布とか全部鞄の中だ。
ポケットに入ってるのはスマホのみ。
「…………」
「…………」
「……あははー」
「ちょっとこちらまでよろしいですか?」
万事休すすぎる!
助けておまわりさーーーん! あっ、今は俺が不審者だ!
誰か! 誰でもいい! ヘルプミープリーズ!
あうあうあうあうあ──。
「丹波君!」
──う?
……あ……。
「や、柳谷ぁ……!」
「お待たせしました! あなただけの柳谷です!」
ビシィッ! 目の横ピースかわいい!
そ、それにしても助かったぁ、柳谷が出てきてくれて。
……ん? 出てきた?
クエスチョン。どこから?
アンサー。高級マンションから。
……え?
「柳谷、ここに住んでるの?」
「何を言ってるんですか? 私達の愛の巣じゃないですか!」
「あいのす? アイス?」
「そんなキンキンなものじゃなく、くんずほぐれつのホカホカなものです」
あいのす……愛の巣!?
えっ、ええ!? 何それ、どういうこと!?
「み、美南様! お疲れ様です!」
「ああ、警備さん。ご苦労様です」
「ありがとうございます。……えと……この方はもしや……?」
「はい。私の愛すべき旦那様です」
「し、ししし失礼しました、裕二様!」
急に敬語プラス敬礼。
俺の名前を知ってるってことは、俺が来ることは事前に知らされてたのか。
つまり俺だけがここにいる理由を知らないわけですか、そうですか。まあ今でもわかってないんですがね。
警備さんから解放され、柳谷と一緒にマンションの中に入る。
にこにこ柳谷。おどおど俺。
どういう状況、これ?
「なあ柳谷。そろそろ俺がここに拉致られた理由を聞きたいんだけど。説明ゼロでここまで連れてこられたから、何が何やら」
「さっきも言った通りです。ここは私と丹波君の愛の巣……またの名を新居です!」
「新居……新居!?」
新居って……え、ここに住むの俺達!?
実家が丸ごと入るんじゃないかと思うほど広いエントランス。
共用の待合スペースには高級そうなソファーが数十脚。
中央には大きな噴水。天井にはシャンデリア。
観葉植物や間接照明も一定の間隔で並べられている。
奥にはエスカレーターがあり、昇るとプール、温泉、ジムがあるらしい。
床は大理石だろうか。石には詳しくないが、寄せ木細工のようにきめ細やかな模様が描かれていて……。
「俺、いつのまに異世界転生したの?」
「れっきとした日本ですよ」
「嘘だッッッ!!」
「嘘じゃありませんよ!?」
ここが日本!? ジャパン!? いやいやいや、日本にしてもやりすぎだろ!?
「ここの54階。最高層が私達の家です」
「待って! た、確かに凄いけど、こんな場所のお金払えるほどお金持ってないから!」
「安心してください。パパが買ってくれました。一括キャッシュで」
ちくしょう流石世界のヤナギヤ家具! 金持ち過ぎか!
「それに、パパから結婚の条件……聞かされてますよね?」
「うぐっ……」
た、確かにあの時はテンションが狂ってて飲んだけど……まさかここまでやるなんて思わないだろ、普通……!
柳谷と結婚する条件。
それは、大まかに分けて3つ。
1つ。将来はヤナギヤ家具に入社すること。そのために一流の大学に入ること。
2つ。柳谷を絶対に幸せにすること。
3つ。自分自身で稼げるようになるまで、様々な援助に対して遠慮しないこと。
1つ目はわかる。それぐらいの覚悟を持てということだろう。
2つ目もわかる。憧れだった柳谷と結婚するんだ。死ぬ気で、フォーエバー幸せにする。
3つ目もわかる。俺だって高校生。親のすねをかじって生きていきたい気持ちも、なきにしもあらず。
でもさ。
や り す ぎ じゃ ね ?
確かに遠慮しないとは言ったさ。
でもさ……やりすぎだろこれ!? 遠慮するな!? 遠慮するわ!
「……因みにここっておいくら万円とか……?」
「……聞かない方がいいです」
目を逸らすほど!?
……考えるのやめよう……。
エレベーターに乗り込み、止まることなく目的の54階へ。
ものすごい速度で上がっていくのに揺れを感じないのは、流石高級マンションと言うべきか。
ガラス張りの窓から外を見る。
よく見るとこのマンション、小高い丘の上に立ってるみたいだ。
よく父さんが、家を建てるなら川が氾濫しても大丈夫なように丘の上にするべき、とか言ってたっけ。
こんなところも、気遣いがいきとどいてるんだな。
と、スムーズに54階に到着。
エレベーターを降りると、その先は廊下になっていて扉は1つのみ……ということはだ。
「まさかとは思うけど、この階……」
「私達の部屋しかありませんよ」
ですよね、そんな予感はしてました。もう驚くのも疲れた。
柳谷が腕に抱き着き、先導するように扉を開ける。指紋認証オートロックなのか。意識高い系セキュリティ。
廊下を抜けてリビングへ向かうと、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「うお……すっげえ……」
「気に入りましたか? ここが私達の新しい家です!」
柳谷がリビングの中央でくるくると回り、華やかな笑顔を向けてくれた。
いや、その……気に入るも何も……。
40畳以上ありそうなリビングダイニングに、リビングを一望できるカウンターキッチン。
椅子やテーブルは木目調が特徴的な落ち着いた色合い。食後にまったり脚を伸ばせそうなリクライニングソファーとクリアガラスの座卓。目の前には壁掛けのテレビが設置されていて、二人で並んで映画をみるにはもってこいの環境だ。
壁は一面ガラス張り。扉を開けてバルコニーに出ると、バルコニーにも専用の椅子とテーブル。そして眼下に広がるのは高級住宅街。少し目を向ければビーチが広がり、雪の解けかかった富士山も見える。
「ここからの夜景も素晴らしですよ。まるで星に手が届くような……そんな気がするんです」
隣に立つ柳谷が、うっとりとした顔で空に手を伸ばす。
儚く、今にも溶けてなくなってしまいそうな美しさ。
そんな彼女を離さまいと、無意識のうちにそっと手を握ってしまった。
「ぁ……」
「っ。ご、ごめんっ」
慌てて離そうとすると、柳谷がキュッと力を込めた。
「ううん、大丈夫です。……丹波君の手、大きくて暖かくて……大好きな人の、大好きな手です」
「ぅ……そ、そういうこと面と向かって言われると……照れる」
「照れる丹波君かわいすぎます!」
「や、やめてくれ本当に……!」
自分でもわかる。俺、今顔真っ赤だ。
熱くなった頬を反対側の手で掻いて、改めてリビングの方を向く。
「……これ現実なんだよな……」
「はい。正真正銘、紛れもない現実です」
現実味がなさすぎる現実を前にすると、人間って返って落ち着く生き物なんだと……この日俺は学びました。
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