同棲──①

   ◆



「……ん……ん……? あれ、ここ……」



 見覚えのある天井。

 祖父母の家で、俺が普段から使わせてもらってる床の間。

 あの天井のシミ、何度も見た覚えがある。

 て、ことは……。



「ああ……なんだ、夢か……」



 まあ、やっぱりそうだよなぁ。

 あんな奇跡というか、夢みたいなこと起こるわけがない。

 そもそもこんなド田舎に柳谷が来ること自体がおかしい。

 だってあんな珍祭り以外、特にとりえのない田舎だぞ。

 あとは駅前にあるちょっと大きめの百貨店くらい。

 そんな場所に、学園の女神と称される絶世の美少女がいるはずがないさ。


 腕で目を覆い、心を落ち着かせるべく深呼吸をする。



「何が夢なんですか?」

「ああ。柳谷がこんな田舎にいてさ……俺と結婚してくれるっていう夢ですよ」

「夢じゃありませんよ」

「ははは。だってあの学園の女神。彼女にしたい女の子ナンバーワン。現役読者モデル。大手ヤナギヤ家具御令嬢、柳谷美南やなぎやみなみですよ。俺みたいな何もとりえのない男と結婚だなんて、とても信じられません」

「なら、これで信じてもらえますか?」



 え? んぐっ……?

 暗闇の中、口が何かで塞がれた感触。

 何だこれは。誰かが俺を窒息死させようとしてるのか?

 というか俺、誰と会話してるんだ?


 慌てて腕をどかして目を開く。



「んっ……」

「ん……んん!?」



 どえらいべっぴんの超どアップ!

 目を閉じ、鼻息まで感じる近さ!

 もうそれ以前に……俺の唇が何かで塞がれている!?

 てかこれ、明らかにあれだよね!?


 口づけ! 接吻! キス! マウストゥーマウス!


 硬直する俺!

 貪るように何度も唇を落としてくる柳谷!

 意味不! イミフ! I☆MI☆FU!



「……はふ……ふふ。やっちゃいました」

「や……ぇ……やっちゃ……!?」



 語尾に『♪』を付けているような笑顔。

 柳谷美南。やっぱり可愛いなこの子。

 ……………………。

 って、呆けてる場合じゃなあああああああああいっ!!


 まるで子供のように無邪気な姿に心奪われて……いやもう奪われてるけど!



「うおおおおおおおおおおおおおおお!?」



 超高速後ずさり!

 昔ながらの木造建築には珍しい開き戸に背中をぶつけながらもまだ体が下がることをやめない!

 衝撃! 圧倒的衝撃!

 俺! 今! 柳谷美南に唇を奪われた!?



「丹波君、いきなり起きて大丈夫ですか?」

「だだだだだ大丈夫だけどおおおおお!? えっなんで柳谷がここにいんの!?」



 てか今きききききききキスした!?

 夢!? 夢かこれ!?



「絶叫祭で、私が丹波君にお返事をしたら気絶してしまったのです。義父おとう様と父が、ここまで運んできてくださったのですよ」

「そ、そう。父さんと柳谷のお父さんが……ん? 待って。色々と待って」

「はい?」

「まず……絶叫祭のあれは夢では?」

「ありませんよ」

「おとうさまっていうのは」

義父ぎふと書いて義父様です」

「父は……」

「私の父です」



 オゥ……。

 俺、混乱なう。

 夢じゃない……てことは、俺の告白に彼女はオーケーしてくれて……父さんが柳谷の義父になって柳谷のお父さんも俺の義父になって……んん?


 もしかしなくてもこれ……とんでもないことになってるんじゃ?



「さ、丹波君。義父様が、起きたら居間にくるようにとおっしゃっておられました。行きましょう?」

「あ……ああ……」



 柳谷が手を伸ばし、その手を掴んだ。

 細い。暖かい。小さい。柔らかい。繊細。あと触り方ちょっとエロい。

 そんな思考が一気に頭の中に押し寄せ、目の前にある問題を押し流そうとしてくる。


 彼女に手を引かれ、ふわふわとした夢見心地のような感覚で廊下を歩く。


 居間に続くふすまを、柳谷が開ける。



「義父様、裕二君が目を覚ましました」

「おお。ありがとう美南さん」



 居間には父さん、母さん、爺ちゃん、婆ちゃん。

 それに見慣れない妙齢かつジェントルなおじ様に、柳谷そっくりの美人女性。

 両家そろってらっしゃる。



「裕二、美南さん。そこに座りなさい」

「はい」

「あ、うん……」



 座卓の下座に並んで座る俺と柳谷。

 突き刺さる両家の視線。

 思わず視線を下に向けた俺を誰が責められよう。



「丹波裕二君」

「は、はいっ」



 重厚で威厳のある声に背筋ぴーんっ!

 見ると、柳谷のお父さんが俺を値踏みするように見ていた。

 こ、この人が、世界に名を轟かせるヤナギヤ家具の社長……!


 俺は今、蛇に睨まれた蛙だ。心臓が口かられろれろしそう。



「……ふ。そんなに固くなることはないよ。私は今、一人の父親としてここにいるのだから」

「は、はぁ……」



 それが一番緊張してんだよ!!


 大声で叫びたい衝動をグッと堪える。

 そんな勇気もありません。助けてください。ぴえん。



「もうこの場にいる人間で、話し合いは済んでいる」

「……話し合い?」



 柳谷のお父さんとお母さんが、座布団から降りると畳に手を付き――。



「裕二君。どうか、私達の娘をよろしく頼む」

「…………………………………………へ?」



 よ、よろしく……て……。



「い、いいんですか……? だって、俺達……」

「うむ。確かに君も娘も高校生。しかもこれから受験という大切な時期に差し掛かる」

「だったら……」

「だが、私達は既に君のことは認めているんだ」

「……どういう意味ですか?」



 俺とこの人達が出会ったのは今さっき。

 それなのに認めてるって、何を根拠に……?



「実は、君のことは美南からよく聞かされていたんだ。それはもう、毎日のように」

「……柳谷……いえ、美南さんから?」



 チラッと横目で彼女を見る。

 うおっ、顔真っ赤! 口元もだらしなくにやけてるし!



「美南はよほど君のことが好きみたいでね。高校に入学したときから、君のことは聞かされていたよ。……いや、それよりも前から――」

「ぱ、パパ! そのことは秘密!」

「おっと。そうだったな」

「も~」



 ふくれっ面かわいすぎか?

 てか秘密って何だろう。気になる。



「こほん。話を戻そう。失礼だとは思ったが、君のことは色々と調べさせてもらったよ」

「色々?」

「うむ。将来の婿候補として、下手な男と娘を結婚させる訳にはいかないからな。探偵を10人ほど雇った」



 多すぎじゃないですかね!?

 俺、今まで10人の探偵に調べられてたの!?



「交友関係もそれなり。悪い噂はなく教師からの信頼も厚い。成績は常に上位20位以内をキープしていて、彼女いない歴=年齢のピュア童貞。好みの芸能人は柳谷美南、つまり私達の娘。最近のお気に入りの曲はLUCAの『愛が故に』。好きな料理はオムライスとから揚げ。嫌いな料理は特になし。種もあり子作りに支障はなく、遺伝子レベルで娘との相性も抜群で……」

「わ、わかりましたっ! わかりましたからもうやめて……!」



 俺のプライバシーは!? 俺を守ってくれる個人情報保護法はいつ仕事してくれるの!?



「それにこれが極めつけだ」

「まだあるんですか……」



 俺のライフはもうゼロよ……。

 今まで厳しい顔付だった柳谷のお父さんは、フッと顔をやわらげた。



「私達の娘が、他の誰でもない。君を選んだ。それで十分だ」



 ――――ッ。

 ……これは……もう俺も覚悟を決めるしかないな。



「……義父さん。義母さん。改めまして……娘さんを、僕にください」

「……ああ。よろしく頼むよ、裕二君」

「裕二さん。美南ちゃんをよろしくお願いします」



 こうして、俺と柳谷美南は結婚することになったのだった。






「ところで、何で柳谷家はこんな田舎に?」

「君を調査していたら知ったんだ。どうせなら私達も旅行がてら来ようと思ってね」



 あれ。俺ストーキングされてる?

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