同棲──③
ひとしきり家の中を探検した結果。
なんとこの家、4LDKということが判明した。
リビングダイニングの他に、14畳の部屋が1つ。8畳の部屋が1つ。13畳のメインベッドルーム(何それ)が1つ。14畳のゲストルーム(何それ)が1つ。
加えてシューズクローゼット。ウォークインクローゼット多数。パントリー(何それ)。その他トイレ、バスルーム、シャワールーム諸々。
「オーバースペックッッッ!」
2人だけの生活には過分すぎる広さ!
「そうですか? 実家は11LLDDKKでしたが」
「じゅういちえるえるでぃーでぃーけーけー?」
何それ復活の呪文?
この子絶対感覚麻痺ってるよ。
「まあまあ、こう考えてください。ごく一般的な一軒家って、2階建てや3階建てになってるじゃないですか」
「ふむ」
「あれってよく考えたら、階数が別れてるだけで3LDKや4LDKなんですよ」
「ほう」
「階数を分けずに1階にならすと、あーら不思議! これくらいの広さになります!」
「いや、そのりくつはおかしい」
どこの一般的な一軒家に40畳のリビングがあるんですか?
感覚の麻痺っぷりに戦慄してると、丁度俺の腹の虫がなにか食わせろとわめき出した。
柳谷の感覚がバグってるのはいいとして。よくないけど。
壁掛け時計を見ると、そろそろ11時。昼飯の準備を始めるにはいい時間だ。
さっき冷蔵庫を確認したら材料も揃ってたし、適当なものなら作れるだろ。
「柳谷、昼飯作るけど嫌いなものあるか?」
「特にありません! 食べたいものは丹波君が得意なチキンオムライスです!」
「うん、わか……待て。なんで俺がオムライス得意なの知ってる」
「ストー……調べ……愛の力です!」
「隠し切れてない犯罪臭」
そういやこの子の家、1家揃って俺のストーカーでしたね。怖すぎて震えるわ。
雛鳥みたいに俺の後を着いてくる柳谷を伴い、キッチンに向かう。
「道具の場所、調味料の場所。オーケー」
「おーけー!」
「米。オーケー」
「おーけー!」
「炊飯器。オーケー」
「おーけー!」
「柳谷、米炊くのオーケー?」
「のーけー!」
なんだのーけーって。
顔の前でバツを作り、目を『><』とさせる柳谷。
何この子、可愛ければ許されると思ってるの? うん、許す。可愛いは正義。
「ふっふっふ。自慢じゃないですけど、生まれてこの方1度もご飯を炊いたことがありません!」
「本当に自慢じゃないな。俺が料理できなかったらどうしてたんだ」
「下にレストランがあります。テイクアウト可」
「却下だ」
毎日レストランとか絶対体壊す。
……ま、これから一緒に生活していくんだし、ちょっとずつ覚えて言ってもらうか。
「教えるから、やってみるか?」
「手取り足取りですか!?」
「ああ」
「腰取りナニ取り!?」
「それは違う」
何がとは言わないけど、断じて違う。
むーっ、と唇を尖らせる柳谷に、いちから米とぎを教えていく。
と言っても、釜に米を入れて水でとぎ、分量の水を入れてセット。本当は30分くらい漬けておくけど、今回は省略。
あとはボタンを押すだけだ。
「初めての共同作業(意味深)ですね。ほら、白濁した液体がこんなにたくさん」
「かっこいみしんを言語化した人初めて見た。あと白濁とか言わないように」
「あーい」
念のため早炊に設定して、スタートボタンぽち。
軽快な音楽が流れ、ブオーという音が響く。
「時間にして30分くらい。その間に下ごしらえだけど……柳谷、包丁は?」
「生まれてこの方以下略!」
「知ってた」
かの柳谷家の御令嬢だ。シェフとか雇ってたりしてたんだろう。
ざっくりと玉ねぎをみじん切りにし、鶏もも肉も1口サイズに切っていく。
「あ、待ってください丹波君。動画撮るんで」
「動画? 俺なんかの調理工程を撮るんだったら、マイチューブに上がってる料理動画を見た方が勉強になるぞ」
「いえ、台所に立って料理してる旦那様の勇猛果敢な勇姿をデータに収めたいだけです」
「これからいつでも見れるのに必要ないだろ」
「…………」
……ん? なんでいきなり黙った?
「……どうしましょう丹波君」
「ど、どうした? 体調悪いか?」
「いえ。体調はすこぶる良好なのですが……これからずっと丹波君と一緒にいれると自覚したら、下腹部がキュンキュンと鳴きまして」
「発情するな」
びっくりするほどお下品な鳴き声だな。
「…………」
「……な、なんですか丹波君。そんなに見つめられると照れちゃいますよ……」
「あ、ごめん。……じゃなくて、柳谷って学校ではお淑やかな優等生ってイメージだったけど……」
学年トップの成績を誇り、学園の女神と称される柳谷美南。
それが、結構な下ネタを連発する子だったとは。
そんなことを思っていると、柳谷は不安そうに上目遣いで見上げてきた。
「げ、幻滅しました……?」
「まさか。みんなが知らない、俺だけが知ってる柳谷だろ? むしろもっと好きになった」
「! 丹波君だいすきぃ!」
「ちょっ! 包丁使ってるときに抱きつくな!」
◆
無事米も炊かれ、少し冷ましてからチキンライスを作る。
それから2人分のふわとろオムレツを作り、皿に盛って完成。
「ふおおぉぉ……! お、お店ですか!? 丹波君はコックさんですか!?」
「いや、一時期気が狂ったように作り続けただけだ。練習のたまものだよ」
「オムライスを気が狂ったように作り続けるメンタル、ちょっとした狂気ですよ!?」
と言われても。
あれは小4だったかな。俺が初めて作ったオムライスを、父さんと母さんがすげー褒めてくれたんだよなぁ。
そんな説明をすると、柳谷はむむっと眉間にシワをよせた。
「確かに週一でオムライスを作ってるのは把握していましたが……その理由までは把握してませんでしたっ」
「怖い怖い怖い怖い。なんで週一で作ってるの知ってるの」
「こんなの丹波裕二君検定3級の問題ですよ」
何その不穏なワード。誰公認ですか。
「はぁ。冗談はこれくらいにして、温かいうちに食べよう。もう12時過ぎだ」
「冗談ではないのですが……はいっ、食べましょう!」
完成したオムライスをテーブルに運び、席に着いた。
我ながらいい出来だ。美味そうな匂いに食欲がくすぐられる。
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
パクッ。
まず最初に感じたのはふわとろ卵の滑らかさ。
次に、チキンライスに使われているケチャップ特有の酸味と甘みが口に広がり、卵と融合して更なるうま味を引き出している。
文句なし。自画自賛だろうけど、いい出来だ。
柳谷の口には合っただろうか。
顔を上げて反応を伺う。
と──。
「────っ」
……綺麗だ……。
背筋を伸ばした美しい姿勢。
強すぎず、弱すぎず握られたスプーン。
オムライスを1口サイズにすくい、口に運ぶ所作。
その全てが合致して、『綺麗』という想い以外の全てが抜け落ちた。
口は大きく開けすぎず、オムライスを咀嚼する。
なんだが、超一流のシェフに品評されてる気分だ。そわそわする。
待つこと数瞬。
「……んっ……ほあぁ」
もみじを散らしたように赤らんだ頬。
ブルームーンの瞳がとろんと潤み、艶かしい吐息を漏らす。
更に1口。また1口。
その度にとろけたような顔で頬に手を添えた。
「口に合ったみたいだな」
「はいぃ……今この瞬間、丹波君の作ってくれたオムライスが、私の中の大好物ランキング1位に躍り出ました……!」
「はは、そりゃあよかった」
それが本気なのか、俺を立ててくれているのかはわからない。
それでも……やっぱり自分の料理を褒めてもらえるのは、嬉しいもんだ。
和やかに進む昼食。
食べ終え、手を合わせて挨拶をした丁度その時。不意に俺のスマホが鳴動した。
誰だ、こんな時に。
「……ん?」
「どなたからですか?」
「冬吾だ。
「あぁ、彼ですか」
高瀬冬吾。サッカー部のキャプテンで、俺とは幼稚園の頃からの仲。いわゆる幼なじみだ。
「……もしもし。冬吾、どうし──」
『結婚おめっとおおおおおーーーー!!』
「うおっ!?」
あぶねえっ、皿の上に落とすとこだった……!
「な、何だよいきなり……!」
『ユウ! お前結婚するんだってな! しかも学園の女神である柳谷美南嬢と! 今ニュースで見てよー、真っ先に連絡したくてさ!』
……………………………………は?
「待て冬吾。ワンモアプリーズ」
『真っ先に連絡したくて?』
「もうちょい前」
『今ニュースで見て』
「そうそれ。ニュースって?」
『テレビ見てないのか? 見れるなら点けてみそ。テレアケ』
テレアケ。テレビ曙。
慌ててテレビを点けると、真っ先に映ったのは──俺のドアップだった。
……………………………………ファッ!?
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