同棲──⑥

   ◆



 俺も風呂を済ませ、下のレストランで軽く食事を済ませた俺達。

 時刻は23時。いつもの俺なら既に就寝してる時間だが、未だ俺はベッドに入っていなかった。


 理由は、今目の前で俺を(多分)睨んでいる柳谷。

 なぜ(多分)なのかと言うと、睨んでるようで全く睨んでない。上目遣いで見つめられてるだけ。可愛すぎか。


 場所はリビング。

 ソファーをバックにしている彼女は、腰に手を当てて精一杯威嚇するように頬を膨らませていた。



「丹波君。私は今怒っています」

「あえて聞くけど、何に対して怒ってるんだ?」

「ならば教えましょう。私が怒っている理由を!」



 柳谷は手を高々と上げ……ズビシィッ! とソファーを指さした。



「何でソファーで寝るとか言い出すんですかぁ!」



 ああ、やっぱりか。



「何でって……いくらなんでも結婚前の男女が同じベッドはまずいだろ」

「今どきの若者や婚前男女なんか余裕で同衾してますよ! 同衾どころかア〇カンの1つや2つやってますから!」

「世の中の若者に謝ろうな」

「ごめんなさい」



 窓の外に向けてお辞儀をする柳谷。律儀だな。



「ともかく! 私は一緒に寝たいんです!」

「でもなぁ……」

「何でそこまで頑ななんですか!」



 あっ、やべ。涙目になった……!

 俺は言うか言わまいかと口を開け、閉じ、また開け……う〜〜〜〜……っはぁ……。



「……笑わないか?」

「笑いません」

「………………から……」

「え? なんだって?」



 難聴主人公ムーブやめ。

 くぅ……これは逃げられんか……!

 諦めと達観。だけどほんの少しの羞恥を残し。



「……や、柳谷と、一緒に寝ると……緊張で寝れなくなる、から……」



 ……言った……言ったぞ。言っちゃったぞ。

 口元を手の甲で隠し、顔を背けた。冷静になって、なに恥ずかしいこと言ってるんだ俺は……!

 いや、でも事実だし……あまり意地になって喧嘩するのもあれだし……。


 ……思わず顔を背けたけど、柳谷からの反応がないな。

 そっと顔を伺うと。



「ぁ……ぅ……」



 顔が真っ赤になってらっしゃる!?



「な、な? 一緒に寝るのはさ、同棲にもっと慣れてから……」

「そ、それはダメです!」

「何で!?」



 柳谷は頭から湯気を出して俺の腕に抱き着いてきた。

 目をぐるぐる、口をアワアワ。

 緊張からか体がブルブルと震え、大きなたわわを通じて震えが伝播したわわをこれでもかと主張して俺の息子いろいろが主張し存在感をあらわにしかけておりますのでそろそろ離していただいた方が俺の精神衛生上とてもよいのでお願いします離してください。



「は、春とはいえまだ肌寒い日もありますし、ソファーで寝てしまったら風邪を引いてしまいます!」

「な、なら暖房付けて……」

「電気代が掛かるので却下です!」



 ヤナギヤ家具の御令嬢が電気代の心配だと!?



「そ、それにっ、あのベッドには体重感知器が付いています。もし30分間、どちらかの体重しか乗っていない場合……」

「ば、場合……?」



 ごくり。






「爆発します」

「爆発すんの!?」


 なんてこった! 確かにあれはヤナギヤ家具のベッド……小細工を仕掛けることくらい訳ないということか!


 くっ、卑怯な……!



「と、ということで一緒に寝ましょう」

「そうだな……流石に爆発は避けたい」



 2人で並んでベッドルームに入る。

 先に柳谷がベッドに潜り込むと、目だけを出して無言で見つめてきた。


 ……よし、俺も男だ。覚悟を決めろ。



「お、お邪魔します……」

「どどど、どうぞ」



 震える互いの声。

 意を決して、ゆっくりと布団に潜り込んだ。


 う……お……凄いな。ふかふか過ぎず、かと言って硬すぎない。まさに抜群のマットレス。

 それでいてどこにも負荷が掛からず、まるで母親に抱かれている子供の頃の感覚を思い出す。

 隣に柳谷がいる緊張すら溶け込んでいくような……。


 と、一気に睡魔が襲ってきた。

 どうやらなんだかんだ言って、今日1日結構疲れてたらしい。

 そりゃそうだ。旅行から帰ってきたら、いきなりこんなんだもんな。


 あぁ、意識がまどろんでいく……。

 もう……ねむ……すやぁ……。



   ◆



 どうも皆さんおはこんばんちは。ミナ者です!(某実況者風)


 ふっふっふ、作戦は成功しました。

 今私の隣で横になる丹波君をベッドに誘い込むのになんやかんやありましたが、全て作戦通りです。


 私が隣にいて緊張して眠れない、なんて可愛すぎる不意打ちをくらいましたが、あれも全て計算のうち。

 あの顔の赤み、湯気、全てが計算だったのです!(ババーン!)


 ……ほ、本当ですよ?


 調査によると、丹波君は23時に就寝。

 その時、割と知能指数が下がって何を言っても信じてくれるそうなのです。

 当然、体重感知器やら爆発は嘘。

 全てはベッドに誘い込むためのトラップ!


 いやー、こんな所で私の新たな才能が開花しちゃったかー。

 これはもう詐欺王と呼ばれる日は近いですね! 呼ばれたいとは言っていませんが。


 むふふ。さーて、緊張してる丹波君を、私の女の包容力で骨抜きにし、あれよあれよという間に既成事実を……!



「丹波君、起きてます?」



 …………おや、反応がない? 緊張しすぎて声も出ないですか? 全く、どこまで可愛ければ気が済むんですかこの人は。



「た、ん、ば、くん?」



 ……………………おやや?

 これはおかしい。どうしたんでしょう。

 少しだけ布団をめくり、生存を確認。



「すやぁ……」

「寝てるし──!」



 起こさないよう小声で絶叫!

 まさかまさかです! まさかの秒殺! 睡魔さんやる気出しすぎです!


 うぅ……こんなはずでは……。



「すぅ……」

「ぅ…………」



 ね、寝顔……丹波きゅんの寝顔……。

 可愛すぎる……どうしよう、好き。


 とりあえず無音カメラでパシャリ。

 このアプリを開発した人は偉大すぎます。赤ちゃんの寝顔を撮るために作られたとは、まさにノーベル賞もの。


 因みに悪用はダメ、絶対。

 でもお陰で私の丹波君フォルダが既に3000枚近くなりました。悪用ではありません。有用です。


 スマホを置き、今度はすすすーと近づきます。


 ぴと。

 ……あぁ……好きな人にくっつきながら眠れてます、私。

 間違いなく今の私はトップレベルの勝ち組。勝ち組・オブ・勝ち組を名乗りたい所存。


 好きな人の匂いや寝顔をこんな近くで楽しめるなんて、結婚は素晴らしい。結婚万歳。



「丹波君……大好きです」



 起こさないよう、丹波君の頬に唇を落とす。

 体ではなく、心が満たされた感覚に陥り──私も、丹波君に抱きつきながら眠りにつくのでした。

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