始業式──①
「……朝か……」
気付けば、空が白んでいた。
どうやら、いつの間にか朝になっていたらしい。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
そう、今みたいな楽しい時間は……。
膝立ちでベッドを見下ろす。
そこには、寝間着のボタンが全て外れ、頬を上気させている柳谷が。
艶やかな髪は乱れ、息も絶え絶え。呼吸に連動して、たわわな胸が波打つように揺れる。
「も、もう……丹波君、激しすぎですよ……」
「ごめん。我慢できなくて……」
「ふふ、いいですよ。……そろそろお風呂入らなきゃ、遅刻しちゃいますね」
「…………」
「……丹波君?」
「柳谷……もう1回……」
「た、たんばく……ぁ……!」
◆
「っていう夢を見たんですよ丹波君!」
「朝飯食いながら何を聞かされてるんだ俺は」
こんがり焼かれたトーストの香ばしい香り。
スクランブルエッグ、ブロッコリー、ミニトマトの乗った皿。
コショウの効いたオニオンコンソメスープ。
互いのカップにはコーヒーが入っている。
ちなみに俺がブラック。柳谷は角砂糖8個ミルクマシマシ。
こんな美味そうな匂いの食卓で話す会話はとても下世話。というか下ネタ。
相も変わらず、朝から残念すぎる。
カリッと焼けているトーストにマーガリンを塗り、かじる。
うーん、流石俺でも知ってる高級食パン。市販の食パンとは風味が段違いだ。
「あそこまでリアルな夢だと、もう夢じゃないんじゃないかって気がしてきました! つまりあれは実質リアル! ついに妊娠してしまいました私!」
「1億歩譲っても妊娠にまで繋がらんでしょ」
「マリア様万歳! 処女受胎万歳! マリア様が見ています!」
「おいコラやめろ」
朝から全力全開過ぎるぞ、柳谷。
未だ熱弁してる柳谷の言葉を大体受け流しつつ、朝食を食べる。
うーん、我ながらいい
パンをコンソメスープで流し込んでると、突然柳谷がマシンガン(トーク)が止んだ。
「あっ、そうだ。今日始業式で挨拶があるんでした」
「ああ、学年首席の挨拶か。大変だね」
「慣れですよ。小学校の頃からコンクールで受賞する度に
柳谷は、良くも悪くも昔から注目されてきた人種だ。
注目されるのが当たり前。注目されるのが日常。
でもそれを鼻にかけず、ひけらかすような感じでもない。
これが学園の女神と呼ばれる
「何時に出るの?」
「8時に出れば間に合います」
「あと1時間か……準備は?」
「ばっちしです」
胸の前で小さくオーケーマークを作り、朗らかに微笑む。
本当、柳谷と婚約関係になるなんて、人生何があるかわかったもんじゃないな。
事実は小説よりも奇なり、か。
◆
朝食を食べ終え、皿を洗ってから着替えのためにウォークインクローゼットへ向かった。
制服や俺の私物は、予め柳谷家のメイドさんが持ってきてくれている。この私物の量を見る感じ、実家に俺の私物はほとんど残ってないな。
ただ、ワイシャツは新品の物が用意されていた。
新学期だからというわけではないが、新しいワイシャツに袖を通すと気持ちがシャキッとなる。
うちの学校はワイシャツも指定のもので、校章の入った水色。これ以外は認められていない。
うーんぴったり。動きにくさもない。それに心なしか肌触りもいい気がする。
これ、まさかとは思うがオーダーメイド……? はは、流石にそれはないか。
靴下とスラックスを履くと、丁度扉がノックされた。
「丹波君、いいですか?」
「ああ、うん。いいよ」
「失礼します。おおっ、ぴったりですね! 流石美南アイ。確かな目測」
深くツッコまないことにした。
入ってきた柳谷は、アッシュグレーのチェック柄スカートに紺のブレザー。
ワイシャツは男と同じく水色。
首には濃紺色のリボンか締められ、足元は黒のハイニーソ。
あぁ、やっぱり……。
「可愛いな……」
「えへへ、ありがとうございます」
くるりと回り、スカートの裾を持ち上げて会釈。
普通の制服なのに、柳谷が着ると一流の職人が仕立てた特級品に見えるから不思議だ。
濃紺色のネクタイを締め、姿見で確認する。
まあいつも通り。平凡な俺がそこにいた。
「ちょ、ちょ! 丹波君、もう1回! もう1回ネクタイをキュッとやって下さい! こっち目線お願いします!」
「えっ、写真撮るの?」
「はい! 丹波君フェチの私にとって、ネクタイキュッは性癖です! 因みに緩める姿も濡れます!」
「そ、そう……」
「引かないでください!」
引きたくもなる。
ただ……まあ……悪い気はしない、かな。
少しだけネクタイを緩める、再度締め直す。
「ん……これでいい?」
「は、はい! あ、もう1枚ローアングルでお願いします! あぁ〜いいですね、そこで流し目! いやもう最高ですよ!」
「な、なんだか恥ずかしいね、これ」
「慣れです。読モやってる時も、大体こんな感じです」
「……それってローアングルも?」
「そうですね、たまにあります」
むっ……。
「柳谷、仕事なのはわかるけどさ……余りローアングルでの写真は撮って欲しくない、かな……」
って、なに言ってんだ俺は。
柳谷は仕事で読モをやってる。それを俺の一時的な感情でダメダメ言っちゃダメだろ。
でも、やっぱり嫌なものは嫌で……複雑な男心。惚れた弱みというやつだ。
俺のそんな気持ちを知ってか知らずか。
「わかりました! もう撮りません!」
二つ返事だった。
「ごめんな、俺のわがままで……」
「何を言ってますやら。つまり、丹波君は私のことが好きすぎて他の人にそういう姿を見られたくないってことですよね」
「うっ……はい……」
「かわゆいなぁ丹波きゅん♡」
「や、やめろっ、撫でるなっ」
「とか言って無理に引き剥がそうとしないあたり満更でもない、と」
もうやだこの子。俺のこと何でもお見通しじゃん。
「い、いいから行くよ。もう時間になるから」
「えぇ、もうちょっと……」
「……帰ったらな」
「! 俄然やる気が
手の平くるっくるだな。
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