第4話 「驚かせたようです」

 俺、龍宮隼人が異世界にてシルヴァとしての生を受けて、六年の時間が過ぎて俺は六歳になった。


 この歳になるまでの間、特にこれといったことはなかったが、あえて挙げるなら初めて書庫に入ったあの時以来、母さんからメイドと一緒なら書庫を自由に使っていいと許可が下りて。

 書庫に行く時はメイドたちに声を掛け知識を蓄え、それは読破した後も再度読み返したりなどは、四歳から始めた体を鍛える合間に行っていた。


 そして、筋トレは肺と持久力、足を鍛えるランニング。上半身を鍛えるために腕立てや背筋や腹筋などで行う。


 もちろん筋肉を体に馴染ませないとただの飾りになるので。より馴染ませつつ、握力も一緒に鍛えたほうが効率的だと思い使える物がないか、家中を探して物置部屋の中を探していると一振りの剣が目が入り。

 その瞬間、これは使える!と思い早速母さんに見つけた剣を頂戴とお願いしに行くと。


「ああ。あの剣ね」


「母さん、知ってるの?」


 物置部屋にある剣の事を伝えると、母さんは直ぐに思い当たったようで頷いた。


「ええ。多分シンが見つけたのはお父様の剣だと思うわ」


「お父さんって、おじいちゃんの?」


「ええ。あなたが生まれる少し前に亡くなってしまってね。貴方が産まれるのもとても楽しみにしてたのよ。それにあの剣は貴方に持たせるためにわざわざ自分の剣を鋳つぶして作り直させたものなのよ」


「え、そうだったの!?」


「ええ、そうよ?」


 あの剣の予想外の経緯に俺は驚き、その様子を面白そうに母さんは笑った。


「孫であるシンに使われるなら、お爺様と剣も喜ぶと思うから。使ってあげなさい」


 母さんの了承を得たその日の午後、物置部屋から出された剣はメイドから俺へと渡してくれた。そして、渡された剣は見つけた時と違い、刃の部分は潰されていた。母さんが流石に刃のある剣は危ないと思ったのだろう。

 しかし俺はその気遣いは嬉しかった。何も物を切ったりする訳ではなく、体を鍛えるために使うつもりだったので、そのあたりの心配する必要もなくなった。


 そして後から知ったが、どうやらこの剣の持ち主である俺からすればじいちゃん、祖父に当たる人が子供の頃に使っていた愛剣だったとのことで。鋳つぶして作り直した後も自分が死ぬ前まで手入れも怠らなかった剣だったらしい。


 そして、そんな祖父の剣を俺は自分なりに前世で読んでいたライトノベルの影響で調べた剣術を、うろ覚えな部分もあれどそこは実際に練習していた動きを思い出しながら鍛錬を繰り返していると徐々にだが剣に振り回され事無く、自分の体のように振るう事が出来るようになった。

 今も、俺は家の中庭で剣を振っていた。


「はっ! せやっ!」


 構えは完全な我流で、最初は剣道の様に両手で構えて振っていた。けれど、どうにも合わなかったので試しに片足を半歩前に、腰は軽く落とし、剣の切先は地面に向け、刀身は体に隠すように構えるとしっくりと来たので、以降はこの構えで鍛錬を繰り返していたが。


 剣を使った鍛錬は準備体操に柔軟から始まり、まず家の周り二十周、緩急をつけて走り、それを終えた後は少し休憩を挟んだ後は腕立て伏せに腹筋、背筋とスクワットを二百。

 その後はバランス感覚を鍛えるために目を閉じ、片足立ちを交互にそれぞれ三分を五セットを終えた後に、ようやく素振りを始める。


「せいっ!…はっ!…シッ!」


 剣を振る速度を徐々に上げながら、ブレないように剣を振る。

 因みに、始めた当初は中庭を緩急をつけて五周、少し休憩をはさみ腕立て伏せ、腹筋、スクワット、背筋を五十こなした後に休憩した。

 そしてその後に剣を振っていたが、体がまだ付いて行かずにその時には既にヘロヘロの状態で剣を振っていたが、これを毎日、二年間継続し続けたおかげで自然と体も慣れ剣を振りながら。


「…っ!」


 一息、全身に魔力を行き渡らせ身体能力を強化する【身体強化(ベルガ)】を発動させると、そのまま一気に最速で剣を振るう。


(初めの時と比べると、かなり良くなったな) 


 剣を振りながら思い出すのは、俺が初めて魔法を使った時の事だ。それは五歳になる少し前の中庭での事で。


「我は望む。闇を退ける温かき輝きを我が手に。『火(ファイヤ)』」


 よく俺の世話を任されていたメイドがよく『火(ファイヤ)』を使う際に唱えていたのを真似して詠唱すると、弱弱しくも確かに人差し指の先に小さな火魔法『火(ファイヤ)』が灯った。

 だが、魔法を使う事に成功したが何処か不安定で。その後、それを解消するために俺は、この家のメイド長で火魔法が上手いシュメルさんに尋ねてみることにした。


「シュメルさん!」


「おや、シルヴァ様。どうされましたか?」


「うん。さっき外で試して『火(ファイヤ)』が使えたんだけど、不安定ですぐに消えたの。どうすれば安定するのかな?」


「そうですね…。では奥様に許可は頂いておりますので、実際にお見せしましょう」


 俺の質問にわざわざ仕事をされていた手を止めて聞いてくれて。俺がした質問の内容に驚いていたようだったが、流石メイド長、実演をしつつ魔法について教えてくれることになった。


「いいの?」


「はい。では、早速ですが魔法を発動させるのに必要なモノが何かご存じですか?」


「心象…。イメージですよね?」


「はい、詠唱とは己の心象イメージをより形にしてそれを強固にし。それを基に魔力で事象を改変し具現化させる術が「魔法」なのです。そしてシルヴァ様の『火(ファイヤ)』が不安定なのは心象が弱いか、もしくは、心象が弱くなる何かがあるのかもしれません」


「心象が甘くなる、なにか…」


 シュメルさんの説明からして、謂わば魔法とは自身の心象イメージで魔法を使うための設計図を作り、それを元により強く思い込み、強化したその心象による設計図を基に魔力で事象を改変し魔法が発動するもののようで。

 そして詠唱は、言葉にすることで心象をより強固にするための手段という事で。

 シュメルさんの話からして、俺は心象で設計図を作る段階で自分の中でなにか引っ掛かる部分があるのでは。そう思いそれが何かを考えている間にシュメルさんはさらに説明は続く。


「見れば何か掴めるかもしれませんし、私が『火(ファイヤ)』を一度やってみせましょう。よく見ていてくださいね?」


 そう言うとシュメルさんは人差し指だけを伸ばし、詠唱を始める。


「望むは輝き、灯れ、『火(ファイヤ)』」


 俺がした詠唱よりも短く、しかし唱え終える発動の鍵句である魔法名を口にすると同時に魔力が収束していき鍵句となる魔法名を口にすると人差し指に魔力が収束し、『火(ファイヤ)』が発動した。


「と、このような感じとなります。どうでしょう、助けになりましたでしょうか?」


「…うん。ちょっと、試してみる」


 シュメルさんの実演を見ながら、俺はもしかしたらと感じることがあり。それを確かめるためにこの場で、詠唱の短かったシュメルさんの詠唱を真似る。それが何かを知らずに。


「望むは灯り」


 自分の中での引っ掛かり、即ちこの原始的な火と前世での化学の火であるバーナー。この二つ火の違いを、科学の火であるバーナーへと心象を固める。


(上手くいけば空気を完全燃焼する火は安定して、青い火になるはず)


 理科の実験でしたバーナー。それを仕組みはライターで液体燃料の所をガスに置き換えることで火力を出し、着火は火打石を据えて常に安定的に酸素を供給、完全燃焼した綺麗な青い火を思い描きながら詠唱を続け。


「灯れ、『火(ファイヤ)』」


 その結果、俺の指先にて発動した『火(ファイヤ)』は、俺の中の心象通りの安定した青い火が灯るが、自分の魔法なので火傷を負う心配はない。

 これも、どうやら無意識の間に己を守るために行っているらっしいのだが、今の俺はそんな事に気が回るほどの余裕は無かった。


「やった?‥‥やった! シュメルさん、ちゃんと出来たよ!」


「ええ、素晴らしいです。長く火魔法を使っていますがこれほど安定した『火(ファイヤ)』を見たことがありません。それにしても、この『火(ファイヤ)』はどうして青いのですか?」


「これは空気中の酸素を供給することで火の力が強くなって、青色になるんですよ」


「‥‥ええっと…?」


「つまり、赤よりもこっちの青い方が強いってことですよ。でも、これなら‥‥」


 困惑しているシュメルさんに説明をしながら。より強く心象を思い描けば、詠唱を短くできるのでは。そんな思いから、確かめるために俺は指先の『火(ファイヤ)』を消すと今度は詠唱をせず、頭の中にバーナーをより強く思い描き。


「『火(ファイヤ)』」


 鍵句である魔法名を口にするだけで「火(ファイヤ)」が発動した。


「出来た!」


「…え!?」


 成功した瞬間、嬉しそうに喜ぶ俺とは対照的に。シュメルさんは驚いているが、その驚き方は目の前の事態に理解が追い付かないそんな感じだった。


「なら、これも出来るはず…!」


 強く心象を抱いた結果、詠唱をほとんど必要とせずに『火(ファイヤ)』を発動できた。ならば心象をより強くすればそれ以上の事。即ち詠唱をせずとも魔法を使えるのでは。

 そうすると、試してみたくなった俺は、『火(ファイヤ)』をもう一度消すと早速それを実践してみる事にした。


 イメージするのは先ほどと全く一緒で。詠唱をせずに魔力を収束させて、十秒ほどの時間が過ぎた時。

 人差し指に青い火が灯った。


「…‥‥‥あ。できた‥‥シュメルさん、出来たよ!」


「‥‥‥そ、そうです…ね。すごい‥‥ですね」


 その様子を見ていたシュメルさんの声と表情は硬かったが。試したことが上手くいった事に興奮していた俺はそれに気付くことなく、そのまま何度も詠唱をせずに『火(ファイヤ)』を何度も消しては着けてを虚脱感を感じるまで繰り返したのだった。

 それから時間が経ってその日の夕食の時、母さんが訊ねてきた。


「そう言えばシン、シュメルに「魔法」を教えてもらったそうね?」


「うん。教えてもらったけど…?」


 母さんの質問の意図が分からずに俺は首を傾げつつ質問に答えると、母さんは嬉しそうに頷いた。


「そうなのね。それで、ね。シュメルから聞いたのだけれど詠唱もなしに「火よ」とだけ言っただけ『火(ファイヤ)』を発動させたの?」


「そう、だけど?」


「それじゃあ、もう一つ。その後に詠唱無しで『火(ファイヤ)』を発動できたのも、本当?」


「‥‥うん」


 母さんの真剣な声音の質問。その意味が分からないながらも俺は素直に答えると母は食事の手を止めて、真面目な顔で口を開いた。


「シルヴァ、一ついいかしら?」


「…なに?」


 愛称のシンではなく、名前であるシルヴァと俺を呼んだその真面目な雰囲気に俺は緊張しながら、母さんが口を開くのを待った。そしてその時は来た。


「あなたが今日した二つの事は、魔法を使う者であれば驚くことしか出来ない事なのよ」


「え?」


 母さんの言葉が嘘とは思わないが、俺は信じられないとばかりに母さんを見るが母さんの表情からはとても嘘を言っているとは思えなかった。


「一つは詠唱を短くし、魔法を発動させる略式詠唱クイックスペルと呼ばれる技術。これは努力をすれば出来るからまだいいの。でも無詠唱ノースペルを使えるなんて、この国の宮廷魔導士クラスの中でも一握りしか使えない特異技術と言われているものなの。そして」


 少しの間を置き、母さんはそれを口にした。


「五歳にもなってない子供が使えたのは、シルヴァ。貴方だけなのよ」


「‥‥‥‥‥え?」


「本当よ」


 母さんからの指摘に、俺は驚きと同時に冷静に見ている自分を感じながら母さんを見るも、母さんは視線を逸らさずそれが事実と告げていた。


「‥‥おぅ」


 時間が少しかかったが、母さんの言葉の意味を理解できた俺はそんな声しか出せなかった。


(マジか‥‥いや、ありえる事だと考えるべきだったか…)


 そう思えたが、しかし、自分で思っていた以上に衝撃が大きかったのか。

 そこから先の事を俺はあまり覚えていない。その後は味が分からなくなった夕食を食べ終えた後、もはや機械のように歯磨きをして部屋に戻って寝ってしまっていたらしく、気が付けば自分の部屋のベッドで朝を迎えていたのだった。

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