力をおくれよ
「力を」
『代役』はぞんざいに言ったよ。
「力をよこせ」
でも、わたしはその子に駆け寄って。
そうしてひざまずいたんだ。
「オマエ、なんでそんなに卑屈に振る舞う」
「あなた、あの子の兄弟なんでしょ?」
「姉だ。長女だ」
そしてわたしの目の前にいるのが少女であるからこそあの男の子には期待できない美しさすら持っていた。
永遠にわたしとは結ばれないという切ない美しさを。
女神さまに近い美しさを。
「おい、ソレ、神なんだろ?力をよこせ」
「貴様っっ!!」
梨子が怒鳴りつけた。
「貴様っ!帝のっ、っ、っ、末裔だろうが、しゅっ、主従の順序は絶対に変えられんのだ!帝だろうが従は従!女神さまにひれ伏さんか!」
梨子が呂律が回らないほどにこれまでで最上の怒りを示すとその子は更に冷静に言った。
「ソレが弟を救ってくれたか?」
全員、黙った。
「請、貴女名」
「ギャトリン」
長女は自分を名乗った後、弟の名を言った。
「弟はガトリン。13だった。アタシは14だ。早く力をよこせ」
「どうして力が欲しいのぉ?」
「下の弟を救いに行かないといけないんだ」
「あ・・・・・あの小さな男の子・・・・無事なの?」
「わからない。だからソレに訊きたい」
どうしてだかわたしはギャトリンに訊いてたよ。
「その子の名前は?」
「ガリン」
わたしは今度は女神様の前にひざまずいて、女神様に体を胸からお腹にかけてぴったりと当ててすがったんだ。
「女神さま。どうかガリンをお救いください」
代役はギャトリンじゃなかった。
・・・・・・・・・・・・
聴けよマニアよ。
わらわはすべての始まり以来人間の長久を守り、野生生物、昆虫、病原菌にいたるまでの全てを守り、大宇宙の秩序をも守り通しであった。
然るにこの地上の人間どもの体たらくはなんとしたことか!
・・・・・・・・・・・・・
「も、申し訳ありません!」
「き、教官殿!?」
「・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・
あの円盤めを神と崇めんと策する愚か者どもを成敗するのだ。
わかったか!
・・・・・・・・・・・・
言葉は要らない、なんて古い恋愛の常套句だって思ってたけど本当だったんだね。わたしはアンテナとしての役割を存分に果たすことにしたよ。
『ギャトリン』
「!・・・・・・なんだ」
『そなた、下の弟をいかにせんと考えておるか』
「見つけて、弟を指導者に立ててベトナムの再興を果たす」
『甘ちゃんが』
「なに」
『そなた自身が女帝とならんとする気概はないのか』
「通例男がそうしている」
『男も女もない。そなたにはその器量がある。弟はその後だ』
「どうしてガトリンを救わなかった」
『オノレなどが知らずともよいことだ』
「!」
「!」
「・・・・!・・・・」
「ふむ・・・・・そうか。ならばお前の力はもう要らない」
シャッ
「う・・・・うわうわうわうわ!」
『無礼者が。死してなお生かし続けてやろうか』
「うわうわうわうわうわ!」
「ギャ、ギャトリンちゃぁん!は、早く謝るのよ!」
「な・・・・・ん・・・・で・・・・アタシが・・・・あああああ!」
不思議な感覚。
わたしは女神さまのアンテナとしてベトナム語も日本語も英語もない単なる『概念』を伝えている間じゅう、車のバックモニターでも観てるみたいに客観的にギャトリンの肢体の状態を観てる。
それはどうみても自分で勝手に両手両足を90°ずつの角度で、ピン、て伸ばしてるだけみたいだけど、違う。
ギャトリンの四肢が、引っこ抜かれようとしてる。
「バカ者ぉ!早く、懺悔するのだ!女神様に!」
『もうよいわ』
わたしがギャトリンを見捨てるようなことを言うわけないから女神様はほんとうにホンキでギャトリンを見捨てたということなんだろうか。
「免」
とても静かな聴き取れないほどの声を出して、けれども
モンキー・レンチで。
「や、いやあっ!」
ギャトリンの殴打によるその声は可憐だった。つまり、鬼選はこれ以上やると死ぬというギリギリの力加減でギャトリンを殴ったんだろう。
ギャトリンの四肢の突っ張りが解けて、そのまま女神様の前に土下座するような格好になった。
わたしはまだアンテナの役割が解けていなかった。
『次にわらわに逆らったら、消す』
その、消す、という意味はおそらくUFOがガトリンをホーチミンの夜の宙空に吸い上げて消失させたことへのお怒りの意味が込められているのだろう。そこまで言ってようやくわたしの舌も唇もわたしのものになった。
「ギャトリン様」
梨子はさすがだ。
女神さまは別格として、尊い者に対する礼儀を取り戻した。
「ギャトリン様、今や教官殿が女神さまの『通訳者』であることがわかりました。さ、女神さまの前にひれ伏して願いをお告げになってください」
「な、なんと言えばいい」
「どうぞ力をお与えください、と」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます