偉大なる日常

 ウォンさんには本当に申し訳ないけれども、彼の豪邸におけるあるじは完全に女神さまということになってしまった。


「荒ぶる神々を押さえつける統治神たる女神様だから世界各所、いえ、大宇宙の至るところに於いて当然の話であります!」


 って梨子りこは力説するし。


「あんさんら。ハノイは見ての通り働く人間たちのユートピアでっせ。ギルドごとにストリートの名前が明示されてるしな」

「えっと・・・・・梨子、今からわたしが言うことをウォンさんに翻訳してくれるかな?『なんて言うと日本ではの話になっちゃうのでて言い方の方がいいですよ』って」


 梨子が言うとウォンさんからこう返って来た。


「なんででっか?本来ギルドゆうたら実生活で汗水たらして『しんどいなあ』って泣きながら金稼いでる人間たちのことでっせ?それがどうして『過酷過酷』っていう描写やら内輪にしか通用せんチート?やらで物語のいちアイテムみたいに矮小化されなならんのでっか?おかしいやろが!」


 ベトナム語にも大阪弁のような、更に大阪弁の中でも河内弁みたいな言い回しがあるんだろうか、語気でウォンさんが憤っていることが伝わってきた。


 でも、マニアックなわたしだから敢えて言うよ。


 『もう日本の小説は手遅れかもしれない』


「ウォン殿。しばらく露店で商売させてもらうぞ」


 どうやらハノイの古美術商たちを取り仕切っているらしいウォンさんに了解を得てわたしたちはウォンさんの家からハノイのストリートに毎朝通い始めた。当然ながら女神さまをハーレーのサイドカーでお連れして・・・・・そしてとても畏れ多いことだが女神さまを客引きのためにお姿をお見せしながら声を出した。


「いらっしゃぁい、遥か日本からお出ましいただいた女神さまのお足下にこれまた選び抜いた工具(鬼選きより自薦)にポストカード(梨子作画!)に一流ブランド風古着(ジェト手持ちのパチ物)よぉ!」


 素人っぽくない、いい意味でないブローカーのようなおじさんがわたしたちの露店の前に立った。


「うーむ。うーむ。うーむ・・・・・・・・素晴らしい!売ってくれんか!?」

「いいでしょぉ、このワンピ」

「違う!その女神の彫像だ!」

「バカ者ぉ!」


 梨子が怒鳴りつけた。


「この女神さまは『ホンモノ』なのだぞ!売れる訳がなかろうが!」

「な、な、な?だ、だから贋作でないホンモノなんだろ?なんて彫師ほりしの作か知らんがこんなに素晴らしい作品は観たことがない。足下見られても文句言えんほどの品だ。い、いくらなら売ってくれる?」

「『作品』ではない!ホンモノの神様なのだ!この無礼者が!」


 わたしたちは話し合った。


「梨子、ジェト、鬼選きより。いいのかなぁ、こんな長閑なことやってて。だってホーチミンが壊滅したのはわたしたちが目で見て爆風や炎の熱も感じて実際に見届けたことなのに。いくらWEBやSNSには完全にその情報が上がってなくてハノイの人たちですらホーチミンがまだあるかのような誤認で普通に生活してるからって言ったってそれをわたしたちまでなし崩しに受け入れちゃいそうで」

「梨子ぉ。大臣には確認したのぉ?」

「ホットラインが遮断されてしまっているのだ」

「深刻。行動如何」

「ちょ、ちょっと梨子」

「なんですか教官殿?」

「大臣ってもしかして防衛大臣?」

「はい、そうですが?」

「直接やり取りしてるの?」

「はい、教官殿。これは有事の鉄則です。『一次情報しか信じるな』。誰かの忖度そんたくが入っているかもしれない間接情報を排除しないと国と民を滅亡させてしまう畏れすらありますので」


 なるほど。


 ならばマニアックなわたしの本領としてはこういう答えだね。


「じゃあ、究極の一次情報は『女神さま』だね」

「!」

「!」

「・・・・・!・・・・・」


神饌しんせん、って分かるよね?神様にお伺いを立てること。ずっと昔、偽りの占星術でもって自らを国王に推そうとした悪僧がいたんだけど、その時にね、真の英雄が神様の前にひれ伏して神饌を請うたの。その英雄は悪僧に足の腱を切られて歩けなくなったけれどもそれでも怯まずに神饌を明らかにして国が亡びるのを救ったの」

「教官殿!」

「な、なに?」

「教官殿はやはり我らの師です!」

「や、やめてよ梨子。ただ単に最近では誰も振り向かなくなったマニアックな知識を言っただけだから」

「でも魔似阿マニアちゃぁん。その通りよねぇ。女神さまは荒ぶって人間を滅ぼそうとする正統でない神々やUFOどもみたいなのを単なる科学の次元が違う程度のことだけで神として担ぎ出そうとする奴らを押さえつけるためにこうしてベトナムにまでお出ましいただいたわけだから。女神さまのご意志に沿って行動するのがわたしたちの役割よねぇ」

「ですが教官殿。残念なことに女神さまはとうとすぎて我々が直接お声を聴くことが叶いません」

「我思。可聴。代役声」

「「「えっ?」」」

「必来、代役」


 鬼選の言う通りだ。わたしたちが女神様のそのご意志を直接観ることも言うことも聴くこともできないのだとしたら、きっと女神さまが伝えんとすることを表現する『代役』がわたしたちの前に現れるんだろう。


 わたしたちは毎日毎朝毎晩食べて寝て起きてハノイのストリートに立って女神様と共に時には梨子の古い絵のタッチのポストカードを日本の最先端絵師作と謳って売りつけたり、ジェトの八時二十分タレ目で「わたしが着用済みよぉ♡」と色香に迷わせて古着を少年たちに売りつけて彼らの服の使用法が分からなかったり、鬼選と極めて似通った容姿の少女たちが工具や電子部品をまるでアクセサリーでも観るようにしゃがみ込んで物色したりとそんな風にして『日常』を過ごした。


 ウォンさんの家のメイドさん(!)たちが作ってくれる生春巻きは最高だった。


 そうして3×7=21日が過ぎてそろそろ自分たちがいかがわしい露天商として単なる穀潰しになりかかっているかもしれないと思い始めてる時だったよ。


 来たよ、『代役』が。


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