二王の国が栄えたためしなし

 ハノイ一の美術商と豪語するウォンの邸宅に入って彼が女神さまを下座に置こうとすると梨子りこが怒鳴りつけた。


「無礼者がっ!」

「くわわっ!」


 梨子の余りの大音声にだいおんじょうにウォンがやはり選び抜かれた調度の椅子から落ちそうになると私設のボディ・ガードたちが緊張して臨戦態勢を取ったが梨子はそれをも全員圧倒した。


「この家に於いて誰が玉座を得るべきか!?お前!答えろ!」

「う、ウォン様です」

「愚か者がぁ!」


 銃は持たないがボディガードたちはナイフを携行しているみたい。でもそんなものは自分の武力を使うまでもなく気合だけでねじ伏せるつもりだとわたしは見たね。梨子は更に続けて怒鳴りつけたよ。


「その屋根の下に居る中で最も尊い存在が王たるべきだろうが!一国に二人の王が立って栄えたためしがあろうか!」


 女神さまは上座にお座りになられた。


「な、なあ、あんさんら。その女神はん、ちぃと鑑定させてもらえんやろか?」

「鑑定だとぉ?」

「い、いや!そ、そんな値踏みするなんてケチな性根やあらへん!純粋に美術品としてこの彫像が素晴らしいことにワシは感動しとるんや!」

「おい、ウォン殿。はっきり言っておく。美術品などではない。女神さまは神だ」

「そうよぉ。たいがいにしとかないとバチが当たるわよぉ」

「諾」

「・・・・・・・・・」


 梨子もジェトも鬼選きよりも他人の家で主人に対してこれだけ好きなことを言ってもウォンが我慢しているのはほんとうに女神さまが美術品としてもこれまで目にしたことのない素晴らしさだからなんだろう。ベトナム語でみんなやりとりしてるのに意味がすんなりと伝わってくるのが不思議な感じがするけど、あれだけ感情をむき出しにしてるから迫力だけで伝わってきてる、ってことかもしれないけど。


 ウォンは3人を完全にベトナムのネイティブの美術商として疑ってないけど、さっきから一言も発しないわたしにさすがに違和感を持ってないかな。


「そういえば、一番年若そうなお嬢はん。あんさん、妹はんでっか?」


 来た。


「否。彼女、師」

『ちょ、ちょっと梨子、今、鬼選はなんて答えたの?』

『教官殿、「お師匠さまだ」と答えました』


 ほらまた。

 どうすんの。


「へえ・・・・あんさんが師匠でっか?その若さで?ハノイでご高名をお聞きしたこともないけど・・・・ほんならホーチミンでさぞ実績のある取引をしはってたんやろな?」

「否。日本」


 また鬼選がわたしの代わりに答えた。


「日本やてぇ!?あ、あんさん何モンや!?」

「彼女。女帝美術商」


 なんだそれは。


「女、女帝美術商やてぇ!?」

「諾。唯女帝美術商、扱、女神」

『梨子梨子。今なんて言ったの!?』

『教官殿。女帝美術商だけが女神さまの取り扱いを許されるのだと』


 そこでジェトがスマホの画面をウォンに観せた。


「う、うおっ!こ、こらアカン!」


 ハーレーのサイドカーでわたしが女神さまに騎乗するように抱き合っている写真だった。


「うーむむむ・・・・ほんまやなあ・・・せ、せやけどなんでベトナム語もできんこんな若い娘はんが日本の古美術界の『女帝』なんや?やっぱりワシを騙しとるんとちゃうか?」

「無礼者ぉっ!」


 梨子がまた怒鳴った。


「唐から日本に招いたかの高層は日本語はできなかったが仏教の真髄を多くの僧たちに伝えてその役割を存分に果たされた故事と同じだあっ!国に王はひとり!我らに師はひとりだあっ!」


 うーん。うーん。

 師、って言ったって『マニアック』の師匠ってだけなのに。

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