おんなたちよ北を目指せ

 わたしたちはハノイを目指した。

 明け方には梨子りこ鬼選きよりがドゥカティとベスパでハーレーのサイドカーを繰るジェトとわたし、そして最重要VIPでおわす女神さまとが燃える、というよりは削り取られたホーチミンの郊外で合流して、そうして北上を開始した。


 梨子は右手にランチャーを持ち、鬼選はベスパのハンドルにハンディ・バズーカを装着して勇敢なことには帝室の末裔たるあの男の子を上空で吸い潰したUFO目掛けて数度に渡り発射したのだけど、同じように円柱の光によって爆発すらせずに潰されてしまったらしい。


「リボルバーの方が効いたみたいだ」


 ベトナムを縦に北へ向かって爆走するバイクの一団たるわたしたちの隊列の中で、梨子がそうつぶやいた。


魔似阿マニア


 めずらしく鬼選の方からわたしに話しかけてきた。女神様に騎乗するようにしてサイドカーの中で風に当たられながらわたしは鬼選の質問を聴いた。


「マニア。貴女知?焼身僧侶」


 もちろん。知ってる。

 焼身僧侶。


「圧政に抗議してガソリンで焼身自殺したお坊さんのことだよね」

「諾。思。彼同一」


 涙が出てきたよ。


「教官殿。鬼選の言う通りです。帝室の末裔たるあの勇敢な男子は、仏の名に賭けて世に安寧をもたらそうと・・・・古の菩薩が我が身をロウソクの灯火として身を焦がし功徳をなしたその事実と同じように、未来のベトナムの平和のために散った戦士です」


 ジェトがハーレーをフルスロットルにして叫んだ。


「英雄よぉ!」


 ・・・・・・・・・・・・・


 分からないことにはスマホで公的な報道機関のニュースを見ようとも各国の政府関連のサイトを覗こうとも、またありとあらゆるSNS上のつぶやきを見ようとも、かの英雄の死もUFOの出現も、ホーチミンの街がアスファルトごと根こそぎ削り取られたような状況になっていることさえも、一切触れられていないのだ。


「き、教官どの。は、恥ずかしながらわたくしの推論を申し上げてもよろしいでしょうか?」

「?いいよ、梨子。手がかりがひとつでも欲しい。言ってみて」

「その・・・・・・わたしは実はアニメが好きでして」

「あ!そうなんだ・・・・」

「珠玉のエンターテイメントとして敬慕してやまない劇場版の作品があるのです。その極めてリアルなアニメーションの劇場作品の結末が『夢オチ』でした」

「・・・・・・この状況が誰かの夢の中だと?」

「は、はい・・・・・・」


 梨子は極めて冷静な自衛官だ。

 そもそもわたしが高校を公休して彼女たちの『マニアック指導』のために寝食を共にし、ジェトが操舵するジャンボジェットで迂回空路を経由してベトナムのホーチミンを目指し、貨物倉庫には日本の北の某県におわした女神の欅の彫像を厳重梱包し、フライトの途上でUFOをリボルバーのブレット(オーストラリアのロックバンドが歌うbulletsの発音は何千回聴いても『ブレッツ』だ)で追い払ってホーチミンに到着してからコンドミニアムに女神さまを鎮座ましませ、そうして昨夜勇敢で知性と理性に溢れる・・・・・そして可憐で美しい・・・・・帝室の末裔の生涯が潰えたことのすべてが、実は夢だったと言い切れたならばどんなに楽だろう。


 どんなに幸せだろう。


「梨子。今わたしは女神さまにこうして抱かれている。今日只今までのことは夢などではなく、事実」

「も、申し訳ありませんでした!」


 スピードを上げる。


 ガソリンを何度も補給したけど、全部セルフ給油でスタンドは完全に無人。


 牛はいる。


 虫もいる。


 人が居ない。


「ハノイが視えてきたわよぉ!」


 ビバークしながらたどり着いたのは現地時間の18:00、夕闇が街を包む時間だった。


 陸路あれだけ人間という人間が居なかったのに、ハノイの街はバタバタと呼ばれる50ccのバイクや日本ならば荷台に盛りそばを何十段重ねての配達にも耐えうる頑丈な業務用自転車とがぶつかりもせずに狭い間隔で走り行き交い。

 柔らかで優しい味のベトナムのうどんたるフォーの店や、屋外で火炎のような火力で魚料理を焼いて揚げるレストランの店が並び人が溢れ。

 ブリキ職人や金細工職人たちがその技術職ごとにストリートの名前を持つ工房からは汗と金槌の音が鳴り響き。


 フル・オーダーの真白なアオザイをスレンダーな体躯のその産毛になめすようにフィットさせる美少女すら歩いていた。


「ハノイは、生きてる」


 それがわたしの感想だった。

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