無血革命

 わたしは女神様を抱いたまま・・・ううん、わたしが女神様に抱かれたままでハーレーは走る。


「マニアちゃぁん!川を目指すわよぉ!」

「うん!」


 ジェトから言われながら梨子りこ鬼選きよりは大丈夫だろうかと心配にはなったけど、それこそ杞憂というものなんだろう。ふたりがコンドミニアムに残ったのは女神様を早く安全地帯にお移しするという目的だけじゃなくて、床下倉庫に保管してあるからだ。


 武器を。


「梨子と鬼選は革命軍と鎮圧部隊のスタンスまで把握しながら追いついてくるはずよぉ。もちろん『ぶっ放しながら』ねぇ!」

「ジェト。あの男の子が革命軍のリーダーなの?そもそも何に対する革命?」

「まあ言ってみれば『インフルエンサー』に対する革命よねぇ」

「インフルエンサー?」

「マニアちゃんは地震が起こって家が倒壊して炎に包囲されて人生の最期の場面だろうっていう時になったら誰の名前を呼ぶぅ?」

「・・・・・・・今ならば女神様を」

「そうよねぇ。でも、今の世の中には自分がそれに取って代わりたい人間ばっかりで、ずうっと『いいね』合戦をしてるよねぇ。ねぇねぇマニアちゃぁん。自分が死にそうなその時にインフルエンサーの名前を念じて、救われるかしらぁ?」


 無理。

 あり得ない。


 仮にフォロー数0、フォロワー数1,000,000っていうインフルエンサーだったとしても、自分が死にそうなその瞬間に、


『インフルエンサー様ぁ!』


 と絶叫したならば。

 ただの愚か者だろう。


 宗教とかいう問題でもない。教祖を自称する人間がいたとしても、それはホンモノではない。


 そもそもホンモノは着飾らない。


 ホンモノは見すぼらしくすら見えるほどに質素だろう。今の世ならばエプロンを着けて誰かの為に味噌汁を作っているかもしれない、あるいは作業服を着て雑草を草刈機で刈っているかもしれない。


「マニアちゃぁん。帝室の末裔のその子はホンモノよぉ。ホンモノの頼るべきよぉ」

「わたしもそう思う」

「だから危険なのよぉ」


 とてもよく分かる。

 ただのインフルエンサーならば別に放っておいてもいい。いいことを言っているようだけれども最終的には自分の影響度が上がるかどうかでしか発言しないから分かりやすいし、なんなら世論操作に都合よく利用されるだけの軽い存在だ。


 けれども、ホンモノは自分に都合のいい世界を創ろうとする人間どもの邪魔になる。


 詭弁を許さないから。


 人々がインフルエンサーの詭弁に騙されて、あるいはインフルエンサーに乗っかって都合いい世界観の中で自分勝手に過ごすことの危うさを全身全霊で気付かせてくれるから。


「帝政がよかったかどうかは分からないわよぉ。でも、ホンキだから。なぜなら」


 ジェトは自衛官らしく言った。


「あの子は、自ら剣を取ったのだから」


 その時。


 音はしなかった。


 ただ閃光が空に一瞬走った。


「あっ」


 UFOがホーチミンの街のちょうど中心あたりの、見上げると月の真下ぐらいの位置の上空に静止して浮かんでいる。


 その円盤の円の面積と同じだけの光が真下の地面に向かって、パ、と円柱のような形で照射された。


 地上から50mほどの円柱の中心に、黒い点がもの凄いスピードで吸い上げられたのが見えた。


 わたしはどうしてか分からないけど、その点が何なのか分かってしまった。


「あの子が」


 無表情で涙が右の目尻だけから頬を伝って、乾き切らなかった量の雫だけが顎の先端から、女神様のちょうど胸のあたりに、つっ、て落ちた。


「あの子が、死んだよ」


 ジェトはハーレーを止めた。


 そうしてわたしの次の言葉を無言で聴いてくれた。


「じゅっ、って音がしたよ。あの子の肉が炭化して、血もね」


 ああ・あ。


「血も、一滴も流れずに、蒸発して、焦げてすすだけが残ったよ」


 革命は一夜すらかからずに、1時間15分で制圧された。

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