兵隊さんはひとを護る

 梨子りこは口を滑らせて『軍人』なんて自分たちのことを言ったことがあったけど、わたしにとってのそういう存在は『兵隊さん』という言い方が一番ぴったりくる。


「教官殿、お聞きいただけますか?」

「もちろん。梨子やジェトや鬼選きよりの思うところがあるならば」

「わたしが自衛官になろうと思ったきっかけのお話です」


 梨子の話は誠実極まりないものだった。


「そのお人はとても不思議な方でした。見た目は普通のおばあさんなんです」


 ジェトと鬼選も静かに梨子の語るままに任せる。


「彼女は第二次大戦が始まる遥か以前から飛行機の戦争になると予言していました。果たして日本の零戦もありながらその決定的なものはB29による爆撃、エノラ・ゲイによる原子爆弾の投下だったわけです」

「うん」

「そのお人は決して戦いを賛美する方ではありませんでした。むしろ戦争は凶事であり、ご自身の歌の中で『慈悲の世界で暮らしましょう』と繰り返し仰っておられました。でも、そういうお人こそが真に戦う者たちの心を慰撫し真の優しさを持つ方なんです。教官殿は昭和天皇陛下さまをご存知ですか?」

「もちろん」

「昭和天皇陛下さまは大戦で犠牲となられた方たちを想ってほんとうに胸を痛められました。それこそご自身の全てを投げ打って犠牲者たちのご供養をしようとされたのです。その際、昭和天皇陛下さまのお心を汲んで大いなるお手伝いをされたのが彼女そのひとでした」

「梨子。そのひとは一体何なの?」

「推測は十二分にできるのですが、畏れ多くて結論をわたしの口から申し上げることはできません。ただその人のお力をお知りになれば推して知るべしです。その人はこういうことをなさったのです」


 梨子の言うことは『世界観』というもので世を都合よく括ろうとする現代の風潮から見ればあり得ないことだった。

 わたしもそれをそのままうんうんと頷いて聞いていればいいものなのかどうか瞬間悩んだ。


 でも、わたしはただ、それを事実として受け止めたよ。


「『戦争で亡くなった兵隊さんを全員極楽往生させましょう』そうおっしゃって事実そうしたのです。昭和天皇陛下さまは大変お喜びになりました」

「梨子。もしかしてだけど」

「はい」

「護国神社がなさっているそのこととまさしく同じ理想を抱えたことを、そのお人はおやりになったんだね」

「教官殿。あなたはとてもお若いけれども、初めてお遭いした時から尊敬申し上げておりました。『マニアック』とは、こういうこだわりの、けれども本当の実相をまさしくそのまま中二病の如きホンキで事実と受け止めることでしょう。さすがです、教官殿」


 その時、コンドミニアムの窓ガラスを石礫いしつぶてのようなものがガリン、と割って部屋の中に入って来た。


 畏くもわたしたちと同じ部屋にお住まいくださっている女神さまを滅ぼさんとする輩たちが動き出したんだ。


「鬼選」

「諾」


 ジェトが声を掛けると鬼選が動じも慌てもせずに落ちた石礫を拾う。


 落ちたその音が、金属音だったので兵隊でないわたしにも容易に想像がついた。


 鬼選はピンの外れた手榴弾を鉄アレイでも拾い上げるような腕の筋肉の動きで、ぶら下げて窓まで歩き、割れた破片をジャリン、と手榴弾を軽く当てて完全に崩してから三歩後ろに下がり、ツーステップで肩をきちんと入れて美しいスロウイングで手榴弾を空に向かって投げた。


 コンドミニアムの敷地に隣接した5階建てのホテルの屋上を越えて弧を描き見えなくなった。


 その2秒後、ボシャ、という遠い音と同時に、ボフ、というくぐもった爆発音がして、やや遅れてバシャバシャバシャという噴水のように上がった水飛沫が着水する時の音がした。

 その光景は一切見えないのだけれども、鬼選の兵隊としての行動が極めて冷静で適切で正確なものであったということが立証された。


 梨子は更にまったく落ち着いたままで話を続けた。


「教官殿、わたしは腕に銃弾を受けたことがあります。瓦礫の破片が白眼に突き刺さったこともあります。痛みが恐ろしい。死ぬ瞬間までの痛みが容易に把握できてその想像だけで死にたくなります。けれども教官殿」

「うん」

「そのお人が昭和天皇陛下さまのお心に安寧をもたらしたごとくに彼女は『兵隊さんを全員極楽往生させる』、そう言い切っておられ、事実そうなさったわけです。今、わたしたちは女神さまの御威光を世界に示さんとする任務にあります。彼女の言葉どおりです。わたしたち兵隊は、全員極楽往生するでしょう」


 こう言い切る梨子こそ、真のマニアック。


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