女神様とお出かけを。ベトナムで

 ドゥロ・ドゥロ・ドロドロドロドロドロドロ・・・・


 ガオン・ガオン・ガオオオオオオオオオ・・・・・


 BGMはディープ・パープルの「ハイウェイ・スター」


 しかも脳内BGMじゃなくって、搭載された超低音ウーファーから響いてくるリアルな音源だよ。


 え?

 なんの音源かって?


 カーステ。


 ハーレー・ダビッドソンとドゥカティの。


魔似阿マニアちゃぁん、もっとぎゅってしていいのよぉ!」

「う、うん!・・・でも・・・」

「ほらぁ、しっかりわたしのおっきな胸を揉みしだくぐらいの勢いで掴まってないと振り落とされるわよぉ!」

「きゃっ!」


 ああ、わたしとしたことが・・・・『きゃっ!』だなんて、マニアックじゃないな・・・いや、一部の男子にとってはマニアックなのかな?


「ジェト!教官殿に余計なご負担をお掛けするなよ!」

「大丈夫よぉ。ね、マニアちゃん、快適でしょぉ?」


 確かに航空機だけでなくあらゆる乗り物を完璧に操縦する才能を持って生まれているジェトだから、ドゥカティもまるで原付か何かを動かすようにエンジンのパワーと躯体の揺れとを御している。その後ろにタンデムしているわたしの滅茶苦茶なシフトウェイトにも繊細な微調整をかけてスムースに推進している。


 先頭がドゥカティ。


 そしてその後ろには更なる重低音のエンジン音で走行するウインドシールドを装着したクリーム色のハーレーダビッドソン。

 操縦するのは梨子りこで、そのサイドカーには・・・・・・・


「ご不便をお掛けし、誠に申し訳ございません」


 梨子が常にサイドカーへ視線を配りながらご機嫌をうかがっているのは、女神様。


 女神様は腕をお持ちにならないその上半身に衣服をお召しになって、サイドカーにお座り頂いている。

 衣服とは、ガンズアンド・ローゼズの薔薇とピストルをペイントした黒のTシャツと、その上に鋲の着いた黒の革ジャン。そして、おぐしにはガンズ・アンド・ローゼズのリード・ギタリストであるスラッシュのトレードマークである、黒いシルクハットをお被り頂いている。

 こうすれば、お顔を日陰にお隠し申すことができるからなんだ。


 そして、隊列の最後尾は。


 パパパパ・パラパラパラ・・・・・


鬼選きより!」

「なに」

「ドゥカティ、ハーレーと『重戦車』で女神様をお護り申し上げているのになぜ鬼選だけ『ベスパ』なんだ!?」

「松田優作」

「なに!?」

「好。松田優作」


 なるほど。

 探偵物語なのね。


「のみならず。遊戯シリーズ」

「鳴海昌平かっ!?」

「諾」


 おわ。

 マニアック!


 さすが鬼選。松田優作演ずる主人公・鳴海昌平のアクション映画、『最も危険な遊戯』『殺人遊戯』『処刑遊戯』の全三作は中学の夏休みに池袋の文芸座でオールナイトでわたしも観た。もちろん、子供だからひとりじゃなくて夏のプチ冒険だって言って父さんが連れて行ってくれたんだけど。


 え?でも待って?

 鬼選の答えに梨子も即『鳴海昌平か!』って反応したよね?


「教官殿!わたしも松田優作を愛しておりました!」

「同意」

「うふふふ!梨子も鬼選も青春ねぇ!」


 三台のバイクはホーチミンをひた走る。

 女神様のお忍びの外出に随行して。


「教官どの。目立ちすぎませんか?」

「大丈夫。わたしたちがこれでもかってマニアックな集団であることをホーチミンのひとたちに印象付けるんだよ」

「なるほどです・・・・・それで、市場に来たのは?」

「もちろん、買い出し」


 ベトナムは海産物も豊富だし、もちろん野菜や果物も文字通り山盛りほどに市場の仲買人のブースに積み上げられていた。


「梨子、ジェト、鬼選。わたしが以前読んだWEBの小説にね、やっぱりベトナムの市場を訪れるシーンが書かれててね。鮮やかな顔料で描かれた日本画の原色のように街の色が濃い、って描写されてたんだ」

「色が濃い、ですか?」

「うん。色褪せてないというか、生命力が強いというか。残念だけど日本の食べ物や、山河や海は昔のような鮮やかさを失ってしまっている、って書かれてた」

「なるほどぉ。確かに言われてみれば、ベトナムの人たちの眼を見ても、白眼が青いぐらいに澄んでて『生きてる』って感じがするわねぇ」


 その更に目が澄んでいる多分高校生ぐらいの男の子たちが10人ぐらい、ハーレーのサイドカーにいつの間にか集まっている。


 女神様に話しかけている!


「こらーっ!!」


 ベトナム語で叫んで梨子が走り出した。わたしたちも慌ててハーレーに向かって走る。


「ねえ、キミ。帽子取ってよ?」

「革ジャン、カッコイイね。顔、見せてよ?」


 どうやら見えないけれども女神様の美しさに男の子たちは本能で反応しているようだ。梨子が更にベトナム語で怒鳴った。わたしも雰囲気で何を言っているかはなんとなく分かる。


「無礼者!そのお方に直接話しかけてはならん!」

「えー、何言ってんのー。おかしいお姉さんだねー」

「そうだよー。ね?早く帽子取ってよ?」

「ダメだと言ったらダメだ!このお方はある高貴なお生まれの方なんだ!一般人が直接口を訊いてはならんのだ!」

「怖っ・・・・・・ならお姉さんに話すよ」

「あ、ああ?・・・・・わ、分かった。い、言ってみろ」

「『顔を見せて』って訊いてみてよ」

「ま、待ってろ。お、お嬢様、この者がご尊顔を拝見したいと申しておりますが・・・・・・はい・・・・はい・・・・・分かりました。おい、お前!」

「う、うん」

「お嬢様はこうおっしゃっておられる。『わたしの顔を見ることができるのは王のご子孫と王そのお方のみです』とな」

「え、ええっ!?お、おかしいんじゃないの?それとも、そういう『設定』なの?」

「せ、設定とはなんだ!このお方はホンモノのなあ!」

「ホンモノの?なに?」

「ほ、ホンモノの、め、め、め、」


 まずいね、梨子の話の持って行き方がかなり無茶苦茶だったから『女神さまだあ!』ってほんとのこと言ってさっさと蹴散らしたい気持ちが満々になってるよ。

 どうしよう・・・・・・


「不可」

「えっ?」


 鬼選?


「不可。視眼」

「な、なんで眼を観たらダメなのさ」

「汝。眼。潰」

「ま、まさか・・・・・・」

「潰」

「う・・・・・・・・」


 鬼選の得体の知れない迫力に男の子たちはほんとうに冷たい汗を額から流してみんな行ってしまった。


「それにしても鬼選はすごいね。女神様の眼を観たら、男の子たちの眼が潰れるだなんて」

「教官殿。それはほんとうのことだと思います」

「え。梨子、それって・・・・・」

「実は残念なことにわたしはお伊勢参りをしたことはないのですが、参拝した先輩がこうおっしゃっておりました。『伊勢神宮には写真撮影厳禁のエリアがある。そこでもし万が一写真を撮ったら恐らく撮影者は失明する』と。わたしはこれは脅しではなくて、事実ほんとうに失明するのだろうと思っています」


 マニアックなわたしもそれがほんとうのことだと本能で分かるよ。


 自衛官ていうのは、こういう事実を事実として冷静に捉えることのできる人間じゃないと勤まらないんだろうな。



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