機内食はマニアック
しばし自動操縦に切り替えてコックピット近いシートに四人で並んで座った。
「さて。
「計器が故障した時を想定して太陽や月や星の位置で緯度・経度を割り出す脳内訓練でしょうか」
「急旋回、ギリギリまでの減速、宙返り(!)ありとあるアクロバティック飛行かしらねぇ」
「工具の手入れ」
まあ、期待したわたしがいけないんだけどそれにしても彼女らの答えはあんまりだ。
わたしはニコリとして言った。
「ズバリ、機内食でしょう!」
「ううむ・・・・・お言葉ですが教官殿。最近はLCCが一般的になって機内食も省略したり軽食になったりと昔のような楽しみはないのではありませんか?」
「梨子は寂しいこと言うのね」
「
「トラウマ?」
「そうよぉ。シリアルキラーとカニバリズム嗜好のある犯罪者が出てくる映画でねぇ。飛行機の中で多分人間の体の一部を食材にした機内食を食べるのよぉ」
「・・・・・・・・それは現実ではあり得ないことだよね」
「言い切れるぅ?」
「き、鬼選はおいしい機内食食べたいでしょ?」
「否。簡素嗜好」
「まったく・・・・・・というかみんな空の旅を矮小化してるよ。あるべき空の旅ってのはね。こうだよ」
わたしは身振り手振りを交えて最大限その娯楽性を表現した。
「まず、ビジネスクラス以上のチケットで、特に海外の空港の海外の航空会社の場合だけどね。搭乗前とかトランジット客が過ごすためのラウンジが空港内にあるのよ」
「ラウンジですか?」
「そう。そのラウンジにはねえ、ふかふかのソファと豪奢なテーブルとが人と人の間隔をこれでもかってぐらいに離して配置されててね。飲み物はボーイが指を立てて持ち運ぶお盆で運んで来てくれてね」
「わぁ。なんかセレブっぽいわねぇ」
「ジェトなら知ってると思ったけど」
「マニアちゃぁん。わたしはあくまでもパイロットだからねぇ。それも不眠不休に近いぐらいのハードスケジュールのねぇ」
「ごめんごめん。でも聞いて?ボーイが運んでくれるのは水割り・カクテル各種、ビールも雰囲気を出すためにわざと現地ブランドの缶ビールにグラスを添えて当然一杯目は注いでくれて。それからソフトドリンクにしたってフレッシュジュースをグラスで頼むことも出来るし海外特有の甘〜い缶ジュースをやっぱりグラスを添えて。あとはアップルタイザーやノンアルコールのワインだとかも」
「好」
「でしょ?鬼選だって興味あるでしょ?そして軽食もサンドウィッチからクラッカーからチーズやサラミなんかのオードブルがテーブルに並んでて。頼めばパスタも。それから当然スナック系のお菓子やらスイーツやらも」
「き、教官どの。搭乗する前からそんなに食べてしまったら機内食が食べられないほど満腹になるのでは?」
「ふふふ。地球の裏側まで行くぐらいのフライトだと一昼夜かかるだろうから途中でお腹がすくのよ」
「なるほど」
「あとはラウンジでの楽しみはタバコだね」
「あらぁ。高校生にあるまじき発言ねぇ」
「もちろんわたしは吸えないよ?けど、タバコもお盆の上に一本ずつ出してあって大人ならば自由に吸っていいんだよ。豪華快適なラウンジでフライト前にタバコを吸いながら遠い国を夢想する・・・・・ラグジャリーって単語そのままだよね」
「要説明機内食」
「ごめんごめん。機内食だけど、まずはやっぱりドリンクだよね。缶ビール、ウィスキーの小瓶、水割り、紙パック入りのジュース、コーヒー。そしてスナックに始まって・・・・・そうこうしている内にCAが訊きに来るよね。『Meat or Fish』って」
「教官殿。実際肉か魚かというのが一般的なのですか?」
「まあ、ひと昔前になってしまうのかもしれないけど、要はフランス料理のフルコースの場合に本当の一流のレストランだとディナーのメニューには『肉料理』『魚料理』としか書かれてなくて、極めてシンプルなのよ。それを上空で再現するわけだよね」
「空の旅はステイタスなのねぇ」
「そう!だからCAは憧れの職業なんだよ。容姿端麗とか外国語のスキルとかじゃなくて、『一分の隙も無い奉仕』を目指すからなんだよ。これは女子男子問わずCA全員」
「了。得心」
「鬼選なんか素質あるんじゃないかな?」
「日々努力」
「どころでマニアちゃぁん。わたしたちの機内食はぁ?」
わたしはシートを立ってキャビンを物色してみた。
「おにぎり」
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