UFOと脅迫

「教官殿!お使いしてよろしいですか!?」

「いいよ!」


 わたしが即反応すると梨子りこが短く伝えて来た。


「ハンディカムで鬼選きよりに伝言を!『シールド!10秒!』と」

「うん!」


 わたしはシートの上に置かれたハンディカムを手に持って発信用のプッシュボタンを押しながら大きな声を出した。


「鬼選!『シールド!10秒!』」

『了』


 その一言のみでコックピットの開閉する音と、何かしなやかなネコ科の猛獣が地を疾駆するようなスピード感のある、けれどもカーペットとの僅かな摩擦音しかしない物体が急接近した。


 それはつまり鬼選で、梨子が背中から鬼選に怒声を発する。


「密閉!」

「了」


 言うなり脇に挟んでいた、キッチンで使うラップの大きいようなロールをビーっと引っ張り、今度は鬼選がわたしを使った。


「端持って」

「う、うん!」


 ロールの片方の端を持つと鬼選は片手でものすごいスピードでラップの先端の長い辺を梨子の頭のあたりから被せ始めた。状況を理解させないとわたしがミスると思ったのだろう。鬼選なりに丁寧に説明してくれた。


「遮蔽フィルム。密閉用、真空用」


 瞬時に鬼選の言葉が脳内で意訳できて、わたしは叫んだ。


「でもそれじゃ梨子が!」

「問題無し」


 鬼選は遠慮会釈無く梨子のブーツのソールまでぴったりと左舷の壁にフィルムで覆い隠し、けれども透明性があるので、随分昔に観たSFホラーの地球外生命体の羊膜の中に胎児の餌として取り込まれた人間のようだと思った。


 鬼選は更にフィルムの周辺を、ラゲージボックスから取り出した女子が使う巾着から養生テープのようなものを取り出し、それで留めて行く。


「酸素マスク着用」


 そう言って手近な座席上の天板からマスクを引っ張り出してわたしに着けるように促した。鬼選のやる通りに真似て紐を耳に掛けて装着した。


「完了」

「では、照準します」


 UFOは左舷の窓を水平に高速移動しながら時折点滅する。

 消えた次の瞬間に機首寄りに移動している場合もあれば、左翼よりも後ろに飛んでいることもある。

 梨子が言う照準とは・・・・・・


「ジェト。速度緩衝、5m降下」

『・・・・・・OK!下げたわよぉ!』


 鬼寄がハンディカムでジェトに指示を出す。梨子は両手で構えたリボルバーを窓ガラスに押し当てたまま微動だにしない。


「左舷3°傾斜」

『ん・・・・・・と、傾けたわよぉ!』

「静止!」


 つまり照準はこのジャンボジェット自らが動くことで取っているんだ。


「10秒前」


 どうやら鬼寄がそのまま無言でカウントダウンを始めたようだ。

 わたしはただ見つめるしか無かった。


「・・・・・・3、2、1、ファイア!」


 ズシュ


 カ・キっ


 フィルムで消音されたリボルバーの発射音は火薬の音と窓ガラスが銃弾の直径分だけ丸い穴を作ったことによって『ズシュ』という音となり、その音とほんのコンマ数秒の間だけ置いてまさしく予測したようなタイミングで弾道の直線上に現れたUFOの滑らかな銀色の機体の円錐の一番端に着弾したが弾かれた。


 けれども、わたしは観た。


 弾丸を弾いた瞬間、まるでルブ・オイルのような滑らかできめ細かな輝き方だった円盤の機体が、中古車販売店に10万円以下で売られている軽四のボディのように金属疲労でガタガタのシルエットのようになったんだ。


「逃亡」


 鬼選が言う前に、UFOは突然現実的な地球上の通常の乗り物と同じような劣化したマシンのような様相を見せ、それと同時に斜め下へと落ちるように消えて行った。


「り、梨子!」


 口径通りに開いた小さな穴から急激に空気が吸い出されていて、梨子がほんとうに真空パックされたタコの酢の物のブロックのようになっている。鬼寄はそのフィルムに千枚通しのようなピックで小さな穴を開けて梨子をまず救い出す。同時に機内の空気が一気にその穴から抜け出そうとする瞬間、


「封印」


 とつぶやいて、熱が出たときに子供のおでこに貼るジェルで出来た熱を冷ますシートのようなものを穴に貼って、流出を止めた。


「梨子!」

「教官殿、怖かったでしょう」

「ううん!それより梨子が!息は!」

「はは。これでも『軍人』ですから」

「否軍人」

「おっと・・・いつものクセで・・・・これでも自衛官ですからね。鍛えていますから。10分位息を止めて思考し行動するぐらいの訓練はしていますので」


 梨子の無事が分かるとわたしは質問魔と化した。


「な、なんで鬼寄はUFOの動きが予測できたの!どうしてジェトはこんな大きなジャンボジェットであんなに繊細な操縦ができるの?どうして梨子はあんなに簡単に命中させられるの?でもどうしてUFOは小さなピストルの弾が当たっただけでボロっちい円盤になっちゃっておまけに逃げちゃったの!?」

「気合」


 鬼選がひとことで済まそうとすると梨子が叱った。


「鬼選。それじゃ『集中すればなんでもできる』って子供たちをミスリードする人気マンガと同じだぞ。わたくしから説明いたします」


 梨子の説明は理路整然とはしているけれども、自衛官、それも特別に任務の幅を狭めて訓練するのでないとできるわけが無いと思った。


「鬼選はUFO出没時の観測と第三国が収集していたデータに収まっているUFOの運動パターンを暗記しているんです。予測、というよりは計算ですね」


 唖然とするわたし。


「それからジェトのここ半年のフライト時間は累計で3,600時間です。日数で割り戻してみてください」

「えと・・・・・・そ、空で生きてたの?」

「まあ、ほぼそれに近いです。そしてわたくしの射撃についても照準、ではないのです」


 梨子もすごいことを言った。


「反射、なのです。距離は5mm単位で、角度は0.5°単位で射撃姿勢を変えて発砲する訓練をします。そうですね・・・・・・・わたしの射撃した訓練をもしもタイムラプスのように連続写真で捉えたら、完全球体になるでしょう」


 死角がない、ということか。

 そしてそれだけでなく、その球体が、おそらくは弾丸の届く範囲ギリギリまでの大きな球体になるということなんだろう。


「わ、わかったよ・・・・自衛官であるあなたたちの訓練は究極のマニアックなんだね。それで・・・・・」

「残りの質問ですね。被弾によってUFOがどうして古びた金属のようになったのか。多分これはまさしくシールドの問題だというところまでは推測も含めてですが分析されています」

「シールド?」

「はい。あいつらの円盤の機体はおそらく流水か気流のような流動的な物質や形状で皮膜が随時流れているような状態で、それによって『レーザー』のような兵器から防御するシステムなんだろうと思います。つまり、わたしの使った『リボルバー』は石ころをぶつけるようなプリミティブな・・・・原始的な武器からの防御までは想定してないんでしょう」

「じゃ、じゃあ、ミサイルを撃ち込めば・・・・・」

「いいえ。ミサイルはどんなに頑張っても『反射』のレベルであいつらに届くことがありません。世界最速のミサイルでもリボルバーの弾丸を至近距離から撃つのに比べたらどうしてもタイムラグが出ます」

「じゃ、じゃあ、梨子は石コロをぶつけてその防御の皮膜を破ったってこと?」

「まあそうでしょうね。それで瞬間に機体がボロく見えたのは、案外シールドにはコストをかけて異次元の研究開発がなされているが機体そのものの材質はカネをかけていないのかもしれませんね」

「じゃ、じゃあ、逃げたのは」


 ここへ来て梨子の回答が急に雑になった。


「ビビったんでしょうね」


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