跳べ!女神が守り給うだろう

 フライトの朝、わたしたちは電車に乗って空港へ向かった。


 電車?


「ねえ・・・・」

「教官殿!わたくしたちの行き先を一切会話に出してはなりません!そのための迂回路ですから」


 確かに目的地へ向かうのに既に電車を3回乗り換えている。一応梨子りこはわたしの護衛も兼ねているらしいからふたり一緒だけど、ジェトと鬼選きよりはそれぞれバラバラに空港へ向かっている。


 ジェトはレンタカーで。

 鬼選に至っては・・・・・・


「間に合うかな、鬼選」

「大丈夫です教官殿。鬼選の逃げ足は天下一品ですから」

「逃げ足?」

「そうです。アイツはわたくしの戦闘機が計器トラブルで敵地に緊急着陸した時一個師団の追撃を躱して救出に来てくれました。特殊専用工具のハードケースを背負ってランで」

「え?走って?ごめんその前に『敵地』って何?」

「言葉のアヤです。お忘れください」


 駆けつけた鬼選は15分で戦闘機のトラブルを解決してふたりで脱出できたらしいけど。


 どうしてそんなとんでもない状況がニュースにもならないんだろう?


「教官殿、降りましょう」


 着いたのは空港搭乗口があるエリアの一個手前の駅。空港に隣接したホテルの利用客が乗降する駅だ。


「ここから歩きます」


 結局わたしたちが着いたのは自衛隊の空港でもなんでもなく、羽田だった。


「チケットを」


 チェックインカウンターでスーツケースを預け、通常の乗降ゲートでボディ・チェックを受けて通過する。

 パスポートとビザもあって、ビジネスが渡航目的として印字されている。


 歩く歩道・・・じゃなかった、動く歩道に乗っかって移動するとそれは全くノーマルな旅客用ジャンボジェットへ続くブリッジだった。


「ご搭乗ありがとうございます。よいフライトを」


 端正な容姿の客室乗務員に声を掛けられてわたしと梨子は左翼後ろ側のシートへ向かう。ラゲージボックスに手荷物を入れる。


「教官殿。そのスーツ似合ってますよ」

「梨子こそ。パンツスーツだとベリーショートの髪がすごくカッコいいよね」

「ありがとうございます」


 ずっと目を凝らしてると右翼のちょうど真横あたりのシートにジェトが座る様子が見えた。ビジネスパーソンの出立ちをしているわたしたちとは真逆に高そうなファーコートを羽織り、フレームが極端に大きなサングラスをしている。


 それとほぼ間を置かずに中央の最前列あたりに鬼選が入って来た。鬼選もサングラスをかけているけど、それはランニング用のもので、ランニングウエアの上にゴアテックスのウインドブレーカーを着込み、下はランニングタイツにランニングシューズだ。


「梨子。もしかしてこのままベトナムへ?」

「さあ、もう少しお待ちください」


 シートはほぼ全席埋まった。発着ロビーのモニター表示通りだとしたら後20分で離陸だ。


 そうしたら、突然最前列の乗客たちが全員立った。

 いや、よくみたら鬼選以外の全員が。


 そのまままた搭乗口へ並んで歩いて行く。


「なになに?」


 わたしが呆けたみたいにして見ていると続いて二列目、三列目と次々に立ち上がって搭乗口へ歩いて行く。その波はわたしたちの列に至り、最後尾へと波立って行って・・・・とうとう300人ほどいたはずの乗客がひとりも居なくなり・・・・・


「じゃあ梨子、成功を祈るわね!」

「ああ。護国のために!」


 梨子がそう返すとさっきの客室乗務員もそのままいなくなった。


「梨子・・・・・なにこれ?」

「全員自衛官です。二重壁になっているブリッジの隙間を通って周囲から分からないように飛行機を降りました」

「!」

「今、この機には教官殿とわたくしとジェトと鬼選の4人だけです」


 梨子がそう言うとジェトと鬼選がシートを立ち上がってわたしたちの所まで歩いて来た。


「さあ、着替えるわよぉ」


 ジェトは座席上のラゲージ・ボックスを開けて消えた客が置いて行ったヴィトンのトラベル・バッグのファスナーを開ける。


 迷彩服が出てきた。


「鬼選」

「了」


 梨子が促すと鬼選は別の乗客のデイパックを開け、戦闘用のブーツを取り出した。


「教官殿に着付けを」

「了。脱衣」

「え」

「脱衣」


 鬼選に、素裸に、剥かれた。


「む、胸が・・・・・」

「我慢してください。戦時下では邪魔なのです」


 コルセットかと思うようなアンダーウエアで胸を締め付けられ、まるでわたしを整備でもするかのように機械的に迷彩服とブーツを履かせる鬼選。


 嫌だけど・・・・・でも、少し、その・・・・・


 エロティックな気持ちになる。


「よーし。配置に着くぞ!」

「OKよぉ」

「了」


 ジェトと鬼選はコックピットへ消えた。


 梨子は客室のど中心の一列のシート全部を使ってノートPCを5台並べる。


「教官殿。ご覧ください」


 言われるままに一台のPCの画面を覗き込むと、暗い背景の中に人の形のようなものが見える。


「女神像です。世界遺産級の美術品を空輸するための梱包を施したコンテナにお納めしてこの機の貨物スペースにおわします。暗視カメラで随時ご様子を確認できます」

「こ、これが前言ってた女神像?」

「そうです。四肢は無く、お顔と胴体の彫像です。おそらくは樹齢1000年近いけやきの一本から削り出されたお姿です。どうです、美しいと思いませんか?」


 暗視カメラなので影がほとんどのように思えたけど・・・・・


「眼が」

「はい」

「眼が、生きておられるみたい」

「はい。わざと鑿の痕を残す彫り方をして力強さを表しているのです・・・・・いいえ、正しく力を備えておられるのです。なぜならば」

「う、うん」

「この女神さまは荒ぶる神々を押さえつけ給う統治神でおわすからです!」


 ノイズとともに、ジェトが客室内のスピーカーでがなって来た。


『定刻よぉ。間も無く離陸するわよぉ!』


「教官殿、シートベルトを。そして、女神に祈りましょう」


 梨子は両手を合わせてまるで祝詞のように唱えた。


「我ら四人の赴くは死地と覚悟しておりまする!何卒武運を!」

「死地って・・・・・・」

『黙ってぇ!舌噛むわよぉ!』


 滑走路の直線に出たんだろう。

 わたしは飛行機に乗る時のこの離陸の瞬間がジェットコースターみたいで嫌いじゃないけど、どう考えてもそのスピードを遥かに超えた加速だった。


『跳ぶわよぉ!』


 多分、ロケット並みのGだったんじゃないだろうか。


 ふうっ、と機体が宙に浮いた瞬間わたしは意識が消えそうになり、それすら許してもらえないぐらいの猛烈な急上昇に突入して多分瞬く間に数千メートルの上空に達したのではないだろうか。


 完全に硬直した腕を伸ばそうと手首を何気なくみたら内出血していた。


 ほんとに、死ぬのかも。

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