普通の少女たち

 寝る時に掛け布団を唇の下まで被るか、首の辺りで止めておくか、寝る時にくつ下を履くのか履かないのか、寝る時の寝相は隣に寝ている人と同じ方向にするのかどうか。


「マニアちゃぁん、寝相が同じ方向って何ぃ?」

「親戚に双子の赤ちゃんがいて、お昼寝してる時にふたりとも天上天下唯我独尊みたいにして右人差し指を上に、左人差し指を下に向けた形で仰向けになって寝てたんだ」


 かようにして寝相すらマニアックに一挙手一投足をこだわり続けて缶詰めになった一週間も最後の夜。


 明日はフライトだ。


「だから、今日は普通のことをとことん話しながら就寝しよう」

「教官殿、普通のこととは?」

「普通の女子がするような話」

「質問。非普通少女に於いて普通≠普通」

「・・・・・・・鬼選きより、自然に喋ればいいから」

「自然≠自然」


 まあいいや。


「というわけで女子にとって普通の話と言えば恋バナだね」

「教官殿。どんな花でありますか?」

梨子りこ。偶然すごいロマンティックな返しになってるけど、花じゃなくて話。恋愛話のことだよ」

「れ、恋愛!く、うううううううむむむ」

「梨子ぉ。ありのままを話せばよいのよぉ。わたしから話しましょうかぁ?」

「た、たのむ、ジェト・・・・・・」


 トップバッターはジェトか。


「わたしがロンドンにいる時に付き合ってた彼氏と一緒にライブハウスに行くのがデートの定番だったわねぇ。年上の彼氏でねぇ」

「へえ。音楽が好きだったんだ」

「彼氏はねぇ、ザ・スミスが売れる前にライブを観たって言ってたわねぇ」

「え!ザ・スミス!モリッシーにジョニー・マーを生で観たってこと!すごい!でも、彼氏って何歳?」

「ふふぅ。許されざる恋だったのよぉ。次、マニアちゃん行く?」

「いいよ。じゃあわたしはねぇ。付き合ったっていうかまあ友達みたいな感じだったなあ。通学電車の車両をいつも同じにしておいて時間が合えば遭えるね、とか」

「青春ねぇ」

「き、教官殿!」

「なに?梨子」

「教官殿ほどの方ならば・・・・・・当然マニアックな彼氏だったんですよね!?」


 マニアックな彼氏。


 なんだその淫靡な響きは。


 スルーしてそのまま梨子に渡す。


「わ、わたくしは・・・・・えーと・・・・うむー、ああと・・・・・・・」

「じれったいわねぇ」

「う、うるさいぞ!それほどまでに恋の記憶というのはデリケートなものなのだ!」

「思い出さなきゃいけないほど昔なの?初恋?」

「教官殿、そうです、初恋であります」


 梨子は純情そのものだった。


「じ、実はわたくしは小学生の頃、いじめられていたのです。あだ名も『●×△』というものでした」

「●×△!」

「うわぁ・・・・・・梨子、かわいそぉ」

「いじめの一番ひどかった小5の時に転校してきた男子はなんというか、わたくしがいじめに遭っていることに全く頓着しない人でした。そう、男子の中にひとりだけ『男』がいたのです!」

「ふうん・・・・・・カッコイイ子だったんだね」

「はい。大人しく静かな人でした。もちろん転校生だから超然としていたのかもしれませんが、その彼だけがわたくしのことをこのおぞましいあだ名ではなく『梨子』という本名で呼んでくれたのです」

「素敵だね」

「残念ながら小6の一学期で転校してしまいましたが・・・・・それ以降わたくしは今日までの人生で彼以上の男に未だ出遭えていません。ですのでわたくしの恋はそれが最初で最後かもしれません」


 最後は鬼選。


「自分も初恋。フォルムが美しい男」

「へえぇ。スタイル良かったんだ」

「一部螺旋状。股が拡張」

「!?」

「!?」

「おい!」

「極めて硬い。絞って締める」

「不謹慎だぞ!鬼選!」

「モンキー」


 猿?


「モンキーレンチ。生まれて初めて自分で買った工具。整備士目指すきっかけ。今でも唯一の恋人」


 多分鬼選が一番マニアックだ。





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