偏執狂的マニア

 おばちゃんの怒りが解けたのは石嶺が豚玉をソースのみ、しかも箸ではなくコテで食べ始めた時だった。


「マナーも知らないのかい!いい大人が!」

「おばちゃん」

「おばちゃんじゃない!」

「マ、マダム・・・」

「なんだい?マニア?」

「石嶺さんも悪気があったわけじゃないんだよ。ほら?今どきの食レポ番組とか料理系番組ってマヨをちゅるっちゅー、って格子模様にかけないとおさまりが付かないみたいな感じになってるじゃない」

「は。日本はどうなっちまうんだろうね」


 そもそもマヨネーズでピザという発想も一般的じゃないだろうけど。

 まあ、おばちゃんの憂国をもっともだとは思いながらもわたしは石嶺との商談を続けたんだ。


「それで。わたしへの要望は映画撮影のアドバイス?テレビのロケの小道具的なマニアック指導?」

魔似阿マニアさんのこれまでの取引相手はそうだったんでしょうけど、わたしは違うんですよ」

「じゃあ、何ですか?」

「実戦です」


 なんじゃそりゃ。


「映画だって本番なら実戦でしょ?」

「言い方が曖昧でしたね。戦闘、です」

「銭湯?」

「魔似阿さんが緊張感に耐えられないお気持ちも分かります。ですが事実をそのままお話ししますね」


 内容は店主のおばちゃんが聞いたらダメなものだと思ったけどそこはプロだ。


 おばちゃんはお好み焼き以外の作業を脳内からシャットアウトして没頭している。


「さすが魔似阿さんが選んだお店ですね。ここならば何を話してもいいですね・・・・・・」

「石嶺さん。わたしに何をして欲しいんですか?」

「兵隊たちの戦地での『溶け込み』の指導をお願いしたいんです」

「兵隊って、何ですか?」

「兵士のことですけど」

「言い方が変わってるだけですけど・・・・どこの、なんのための兵士ですか?」

「自衛隊です」


 わたしは心の中で嘆いてしまったよ。

 これでもう逃げられない、って。


「自衛隊の隊員てことですね。『溶け込み』とは?」

「魔似阿さん。驚かないんですね」

「いえ。内心驚き慄いています。石嶺さん。もしわたしが断ったら?」

「わたしはバッグの中に使用許可を得たリボルバーを仕舞っています」

「ふう」

「飲み物でも。おば・・・・マダムに注文しましょうか?」

「石嶺さん」

「はい」

「正解だと思うものを注文してください」


 石嶺さんは数秒考えた後、オーダーした。


「マダム。あの、コーラを・・・・・・」

「おとといおいで!」


 正解は、ラムネだった。

 ふたりでラムネの開け口のビー玉を瓶のくびれ部分に落として飲みながらわたしたちは話を続けた。


「まず訂正を。『兵隊さん』じゃなくて『隊員さん』ですよね?」

「あ。わたしとしたことが。意味を伝えることを最優先としたので一番わかりやすい表現をしてしまいました」

「それで、派遣された場所での『溶け込み』ってなんですか?」

「魔似阿さんは一番自然な世間話ってなんだと思いますか?」

「え。世間話?」

「はい」

「えーと・・・・・・天気の話、とか?」

「まあそれもそうですけど。実は、蘊蓄うんちくなんですよ」

「蘊蓄?」

「要はマニアックな話が一番自然なんですよ」

「・・・・・・・逆じゃないですか?」

「いいえ。一番自然です」

「そういうもんですかねえ・・・・・・」

「なぜだか分かりますか?」

「さあ」

「人間は自己顕示欲の塊だからです。自己主張する人間が一番俗っぽいからです」


 納得。


「だからマニアックな話をわたしに指導しろと?」

「そういうことです」

「マニアックな話を隊員さんに仕込んで、自然な世間話の種にして、それでどうするんですか?」

「現地・・・・・・戦地で現地人として自然に振舞うんです」

「でも、肌の色が。目や、髪の色も」

「大丈夫です。お互い黄色ですから。目も髪も概ね黒ですし」

「?中国・・・・・?」

「ベトナムです」


 なんとなく、だけれども、高揚し始めている自分が居る。

 ただ、もうひとつ、『逃げ遅れた!』っていう感覚がビリビリ脳の被膜を伝染してるけど。


「あれですか。わたしが講習の講師をする形態ですか」

「いいえ。ごく少数を缶詰めで短期集中の実践形式で教えて頂きたいんです。24時間寝起きを共にして」

「え。あの・・・・・・わたし、女ですけど・・・・」

「安心してください。全員女子隊員ですから」


 その前に、学校はどうしろと?


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