◆天使の拾いもの-三章-

七話*偶然にも程がある

「──っくそ!」

 やらかした。まさか対象を逃がしてしまうとは、俺も焼きが回った。

 とにかく追いかけなければと、パシューアに連絡をとる。追跡の専門組織のことだ。

 依頼があったらその都度、パシューアに対象がどこにいるかを調べてもらう。捜索できるなら、どうしてそいつらが捕まえないのかって思うだろうが、あくまでも捜索専門だ。捕まえてしまえば、それはもう別物になる。

 これに、調査や監視が加わると「オープナー」っていう、また別の会社になる。対象の色々をオープンするっていうことからきているとか、いないとか。

 とにかく、早く見つけてもらわなければ、このままでは得られる報酬より出費の方が大きくなってしまう。



「──ノースカロライナ?」

 追跡を依頼してから三日後、報告された場所にセシエルは眉を寄せた。

「よりによって、なんだってこんな所に逃げるかね」

 フェイエットビルって、おいおい……。頭を抱えて深い溜め息を吐く。

 あえて避けていた訳でもないが、いや、無意識には避けていたかもしれない。ここにはあいつベリルの師匠がいる。

 あいつの全てを知る人物──名前は確か、カイルと言ったか。とりあえず調べられる範囲で調べてはいたが、それは会うためとかじゃない。

 会わないため・・・・・・に調べていたのだ。

 話してくれるかどうかは解らないが、知りたいという気持ちはあった。しかし、あえて訪ねるほど知りたい訳でもなかった。

 隠してきた事なら、知れば俺もその重荷を背負うことになる。それを考慮したうえで、あいつは俺に判断させたんだろう。

 こんなことなら、むしろ調べない方が良かったとさえ思える。知らなければ、出会ったとしても解らずにすれ違う程度で済んだだろう。

 とはいえ、依頼をキャンセルするつもりはない。だったら、行くしかない。

 そうそう会うこともないだろう。セシエルは考えてノースカロライナ州、フェイエットビルに車を走らせた。

 向かっている間にも、助手席のライカには課題を与えている。

 よく使用される、幾つかの銃器についてのテストをさせているのだ。なんだって俺が、こんなテストを作らなきゃならないんだと思いつつ、これもライカのためだと考えれば苦ではなかった。

 自分への復習だとも思えばいい。

 三択形式の問題を、ライカは唸りながらもタブレットを睨みつけ、時間を掛けて回答している。

 こいつのために、何かしたいと思える。俺も少しは、親らしく出来ているのだろうか。



 ──アメリカ合衆国、ノースカロライナ州、フェイエットビル。

 南東部に位置する州で、カンバーランド郡にある都市。市の北西にはアメリカ陸軍の基地があり、南北戦争以前には、奴隷制度が廃止されるまで、奴隷が売られていた建物があった。

 フェイエットビルとは、独立戦争のあとアメリカ大陸軍と共に戦い、貢献したフランス軍人の英雄、ラファイエット将軍の栄誉を称え、二つの町が統合して名付けられた名前だ。

 将軍は、帰国後も二つの革命に重要な役割を果たしている。

 ラファイエットに因んだ名が多くの都市に付けられたが、フェイエットビルは最初に付けられた。様々な先住民の文化が続いていた州でもある。



 対象は知り合いの家に隠れているらしい。今はまだ太陽が高く、行動するのは深夜だろうと家の場所を確認して、ひとまずそこから距離を置いて車を駐める。

 捕まえる男は恋人への暴行から始まり、エスカレートして殺しかけた。他に恐喝、窃盗、薬物依存──それだけじゃない。

 飲酒運転を繰り返し免許停止、そのあいだに無免許運転で事故を起こし、ひき逃げをしたあげくに捕まって保釈金を借りたはいいが、刑に服す気がないのでそのまま逃走中だ。

 ここまで見事なクズもなかなか珍しい。

 いつかは出てくるはずだと、セシエルは車の運転席でずっと見張っていた。

 ライカは辛抱が出来ない性質たちなのか、車を駐めてまだ三十分ほどしか経っていないのに、すでにそわそわしている。

 もう成人なのだから、暇ならどこかで時間を潰して来いと言いたいが、こいつを一人にするのはどうにも不安だ。

 そこでセシエルは、はたとして親馬鹿か俺は、と頭を抱えた。

 いい大人に何を心配してるんだ。見た目が熊な奴に気を揉み過ぎだと溜息を連発するセシエルに、助手席にいたライカは首を傾げた。



 ──駐める場所を変えつつ男の潜伏先の家に張り付いてから三日目、深夜二時を少し過ぎた頃──暗い玄関から、のそりと人影が浮かび上がる。

 セシエルは身を乗り出し、人影が薄暗い街灯の下に出た所で目を凝らす。

 辺りをきょろきょろと警戒しながら歩く男は、ブラウンの短髪に彫りの深い顔立ち、ガタイは良く目つきが悪い、さらにチンピラよろしくな歩き方。目の色までは解らないが、確認した顔つきから間違いなく対象の人物だ。

 どうやら、繁華街の方に向かっている。街に向かう前に捕まえる──ライカに車から出るなと言いつけ、意を決しドアを開いて男に近づく。

 静かに歩みを進め、男の背後まで距離を詰めた。

「ブライアン・ハリスだな」

 静かだが重たい声に名前を呼ばれた男は一瞬、背筋を伸ばしたがすぐさま走り出した。

「おい待て!」

 思っていたより足が速く、捕まえてから確認すれば良かったと若干、後悔して慌てて追いかける。

「おい! 止まれ!」

 こいつはやばい。逃げられそうだ。

 ブライアンは薄暗い住宅街のなか、余所様よそさまの庭のプールを横切ったり、側溝を越えたり、庭に置いてある箱や遊具を蹴り飛ばしたりとやりたい放題だ。

 そして空き地に入り込み、そこにいた人影の横を走り抜けようとしたとき──

「ぐお!?」

「おおっと、わりい。長い足が邪魔した」

 いや今、明らかに持ってる杖でブライアンの足をかけたよな。

 大胆な行動をした男の声に呆れながらも、倒れているブライアンの腕を後ろ手にして結束バンドで拘束した。

「あんた、助かったよ。ありがとう」

「いやいや、気にすんな。ハンターか?」

「ああ──」

 薄暗いなかで見上げながら返答をしてふと、薄暗さに慣れた目で確認した顔にセシエルの動きが止まる。

「じゃあ」

 そうだ、カイルは事故の後遺症で杖を持っていたと慌ててその場から離れようとする。

「待てよ」

 呼び止められてビクリと体を強ばらせた。

 どうやら、セシエルの妙な反応に気がついたらしい。いぶかしげに眉を寄せて、振り返るのを待っている。

「──っ」

 どうする。このまま無視するか。しかし、いくら足が不自由とはいえ、ブライアンを連れてけるとは思えない。

 いや、追いかけてこないかもしれない。どうしようかと思案していると、杖の男は、たったいま拘束した男を一瞥した。

「そいつ、連れてったら戻ってこい」

「は?」

 こいつ、何を言っているんだ。

「冗談じゃない。戻ってくるのに、何日かかると思ってる」

 セシエルが眉間にしわを深く刻んでいると、杖の男が直ぐそばまで近づいてきた。そのとき、腰の後ろが少しの違和感を覚える。

「──っ!?」

 それがなんなのか理解し、慌ててバックサイドホルスターに手を掛ける。無い、俺のバンドガンが無い。

 こうも鮮やかに抜き取られるとは!

「これは預かっておく。早く戻って来いよ」

「てめえ」

 ハンドガンの一丁くらい。と思いたいが、使い込んで愛着もある。容易く手放すのは惜しい。 

「……解ったよ」

 相手の方が一枚上手だ。

「名前は? 俺はカイル」

 聞いて、やっぱりかと顔をしかめる。

「クリア」

「待ってるぞ~」

 電話番号をメモした紙切れを手渡し、ハンドガンを振りながら見送る姿に舌打ちする。

 いっそ奪い取ってやろうかと考えるも、あいつの師匠なら強いかもしれない。何より、暴力までふるうのは間違っている。

 セシエルは足取り重く、車に向かった。

 助手席には、盛大にいびきをかいて寝ているライカがいて腰が砕けた。いつだって、こいつは緊張感に欠ける。

 まあいい、ブライアンを引き渡してライカをジャックに預けた方が俺も安心出来る。そのまま、ここには戻らないという選択肢だってあるんだ。



 ──戻ってこなくてもいいはずだった。なのに、俺は戻ってきた。ハンドガンが惜しくて戻ってくるなんて、俺は本当に馬鹿だとセシエルは頭を抱える。

 ブライアンを捕まえた空き地で一週間後、カイルと対峙する。あのときは夜だったため、あまり印象はなかったが、昼間に会うとその顔立ちに、とても六十二歳とは思えない精悍さが窺えた。

「お前、クリアって言ったよな。あれか、流浪の天使か」

 それに、セシエルは右片眉をピクリと上げる。

「俺の事を調べたのか」

「いや、昔に聞いたことがあるだけだ」

 確認したあと、本題に入る。

「お前、俺のことを知っているな」

 その問いに、セシエルはまた片眉を動かした。知っていると言ったも同然だ。

「どこで俺のことを聞いた」

「……ベリルだ」

 それに、カイルは怪訝な表情を見せながら、セシエルを見つめる。

「来い」

 しばらく眺めていたが、溜め息を吐いて顎で促し歩き出す。セシエルは観念したように、その後ろを付いていった。

 しばらく歩き、家の前で止まる。小さな芝生の庭とシャッター付きの車庫、一般的な家屋だ。玄関で立ち止まると扉のハンドルを握る。

 鍵穴に鍵を差し込まないのに扉が開いて「えっ」とセシエルは小さく声を上げる。

 まさか、鍵を閉めていないのか?

「指紋認証だよ」

 セシエルの疑問を察してか、カイルは目を向けずに答えた。

「指紋……?」

 いや待て。一般的な家のドアハンドルに設置可能な指紋認証なんてあったか?

「こいつは試作品てやつだ」

「ああ、そう」

 とりあえず落ち着きたくて生返事を返した。

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