三話*乾いた涙

 広がる灰色の空の下、黒い服を着たセシエルとライカは、言葉もなく二つの棺を見下ろし牧師の言葉を上の空で聞いている。

「──どうして?」

 聞こえたつぶやきにセシエルは目を細める。

 セシエルがこれまで受けてきた傷は人を救ったという誇りの証だが、ライカが付けられたものはただただ不満のはけ口というだけだ。

 それでも──他人から見れば酷い親でも、こいつにとっては唯一の親だったんだ。

 生きていれば殴りつけて説教しまくってやったのに、逝っちまった相手に罵倒なんてかっこわるいこと出来るかよ。

「──っ!」

 土に埋もれていく棺を眺めていたセシエルの袖がふいに引っ張られる。振り向くと、ライカが袖の端を掴んでいた。

 涙をこらえて見えなくなる棺を見下ろしているが、袖を掴むその手は微かに震えていた。



 ──葬儀のあと、女友達にライカを任せてジャックとその様子を見つめる。

「あの子ども、どうするんだ?」

「どうしようかねえ」

「お前、子どもいたことねえだろ」

「ガキどころか嫁もいた事ねえわ」

「だったら、それなりの所に預けた方がよくねえか? 仕事のこともまだ話してないんだろ?」

「それは、そうなんだけどよ」

 俺の仕事を思えば、子ども連れでなんて無理な話だ。

 どう考えても、里親が見つかるのを願いながら施設に預ける事がライカのためでもある。しかし、それは無責任にも感じられた。

 もちろん、施設に預けてからも動向は可能な限り連絡はしてもらうようにはする。裕福とまではいかないが、それなりに仕送りもする。

 俺の傍にいるよりいいはずだ。そう言い聞かせても、どうにも気が晴れない。

「くそ──っ」

 本当にそれでいいのか? 俺は、どうしたいんだ。



 ──葬儀に参列してくれていたセシエルの友人たちがいなくなり、ライカたちも霊園を出る。

「ん? どうした?」

 道路向かいにいた男をじっと見ているライカに眉を寄せる。

「あの人、見たことある」

 クリアが持ってた紙にのってた。

「なんだって?」

 休業していたセシエルだが、指名手配犯の情報だけは仲間たちが渡してくれていた。

 チラシは引き出しの奥に仕舞ってあったのだが、いつの間に見つけていたんだ。いや、そんなことよりも今は目の前の男だ。

 セシエルはライカが言った男に目を凝らす。

 ブラウンの髪はショートの巻き毛で、青い目に太めの眉は強気な性格を表している。確かに、どこかで見たことはあるが本当に指名手配犯なのか?

 男は見られていることに気付いたのかセシエルの視線に目を泳がせた刹那、一気に駆けだした。

「あっ!? てめ──っ!」

 車の通過を気にしつつ慌てて男を追いかける。

「そこから動くな! 待ってろよ!」

 ライカに言い聞かせて逃げた男の行方を確認し再び追いかけた。

「待ちやがれ!」

 言って待つとは思っていないが言わずにはいられない。相手も必死なのか路地裏に入って、そこにあるゴミを掴んではセシエルに投げつけて走り続けていた。

 さすがにハンドガンを抜く訳にはいかない。いや、減音器サプレッサーを装着していたなら足にでも撃っていたかもしれない。

 この男の手配書を受け取ったのは、つい二日ほど前だというのにライカの記憶力に感心する。とはいえ捕まえないと、それも無駄になる。

「このやろう!」

 いい加減にしろやあ! 叫びながら、落ちていた棒きれを掴むと逃げていく足元に投げつける。

 そうして無様にすっころんだ男を捕まえて、常備していた結束バンドで素早く両手首を後ろ手に縛り上げた。

「観念しろよ」

 この達成感はめられないな。

 妙な高揚感を抱きながら男を連れてライカの所に戻る。

「あ、クリア!」

 ようやく帰ってきたセシエルは、追いかけていった男を連れているのを見て驚くライカの頭を撫でながら笑う。

「お手柄だ」

 役に立ったことが解り、ライカは満面の笑みを浮かべた。

 それにセシエルも笑みを返してすぐ表情を険しくし、しゃがみ込んでライカと目を合わせる。

「ライカ──。父さんと母さんが死んで、今は何も考えられないかもしれない。でもな、おまえは生きて行かなきゃいけない。それが一番なんだ」

「……うん」

「それでな。いま捕まえた奴は悪い人間で、俺はそういう仕事をしているんだ」

「え? 悪いひとを捕まえるの?」

「そうだ。ハンターって言ってな。悪い人間を捕まえて世の中を良くするんだ。その手助けを、してくれるか?」

 実際、セシエルが捕まえる程度の数で世の中が変わる訳じゃない。それでも、自分が捕まえた奴からの被害者はいなくなる。

 何より、正義の味方が身近にいるということ。自分がその助けになれるということでライカに希望を持ってほしかった。

 幼くして親を亡くした子どもの気持ちなんて正直、俺には解らない。どれほどの哀しみが心を支配しているのか見当も付かない。

 それでも、前を向かなきゃならない。

 俺は、こいつを守りたい──セシエルは、伸ばした手を掴んだライカに決意の目を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る