二話*嘘と真実
ロサンゼルス──アメリカ合衆国カリフォルニア州の南部に位置する都市。ロサンゼルス郡内にあり、西部の都市にビバリーヒルズなどがある。
「……これ、なの?」
ライカは広い駐車場に駐められている白いキャンピングトレーラーを呆然と眺める。
「ああ。ようこそ! 俺の宮殿へ」
歓迎の意を示すように両手を広げて笑顔を作るも、口を開けたままのライカに顔を歪ませる。
「いや、まあ。あちこち移動するから家は邪魔でさ」
冗談のつもりだったんだけどな……宮殿は言い過ぎたか。
「すごい! すごいよ! 入っていい?」
「お、おう。遠慮はいらないぞ」
「車じゃないんだね」
「おう。牽引するやつだ」
くつろげるようにと大きめにしておいて良かったと思いつつ、嬉しそうに中を見回るライカの質問攻めに答えていく。
「ライカ」
ひと通り見て回り、落ち着いたところで名を呼ぶと大人しくセシエルの隣に腰掛ける。
「お前の親が見つかるまで、ここで暮らすんだ。これからよろしくな」
改めて告げると、少年は少し考えてトレーラー内をぐるりと眺めたあと満面の笑顔を浮かべた。
「うん!」
元気の良い返事にライカの頭を撫で回す。
「そっちにシャワーがある」
入るように促すとライカは少し戸惑い目を泳がせる。不思議に思いつつ、途中の店で買った服を手渡し、その背中を見送った。
「まだまだ食わせないとな」
袖から見える腕を思い起こし小さく唸った。
しばらくしてドアが開く音に、体を拭いてやろうと立ち上がる。そんなセシエルにびくりとしたライカに気付かず、バスタオルを肩に乗せたとき、あちこちに青あざが窺えて目を
それを隠そうとするライカには何も言わず体を拭いてやるが、その目は険しかった。
──それから一週間後、セシエルの携帯が震える。
子どもとの二人暮らし生活が安定するまではと、セシエルは仕事を受けずに貯金で過ごしていた。
「レンか。どうだった?」
<それが──>
「は? 死んだ?」
ライカの親を探してもらっていたレンの話に目を見開く。
<ああ>
ライカの父親は以前、酒で身を崩し職を失ってからは、なかなか仕事が見つからずに住む場所もなく、家族は放浪生活をしていた。
仕事が見つからないのは酒を止められずにいたからなのだが、母親はライカを可愛がれず遠のけて半ばネグレクト状態だった。
そんな二人が子どもを
セシエルは、ライカの体型が異常に細かったのを怪訝に感じていた。数日、食べなかっただけでは、あそこまで細くはならない。
──そうしてとうとう二人はライカを捨て、新天地に向かう途中に寄った店で運悪く強盗に遭遇し、自分たちの持ち物まで奪われそうになったため逃げようとして背中から撃たれた──
<死ぬ間際に子供の名を呼び、謝りながら絶命したそうだ>
「そうか。ありがとう」
セシエルは静かに携帯を降ろし、小さく寝息を立てているライカを見つめた。
上手くいかない人生に苛立っていただろう。思い通りにならない子どもに腹も立っただろう。けれども、こんな終わり方で彼らは良かったのかと身近にある悲劇に眉を寄せた。
俺がもっと早くライカに出会えていたなら。両親に出会えていたなら、未来は違っていたかもしれない──俺に何が出来たかは解らない。何も出来なかったかもしれない。
それでも、もう手遅れなのだと解っていても悔やまれてならない。
「ライカ」
「ん……。なあに?」
昼寝をしていたライカを起こし、ベッドから起き上がった隣に腰を落とす。
「そろそろ、ここを離れよう」
「え?」
「旅行、したいだろ?」
突然の提案に首をかしげていたが、移動するということはキャンピングトレーラーが動くということを理解した少年は、みるみる笑顔になった。
「うん! どこに行くの?」
「まずは、お前がいた所に戻ろう」
「──え?」
「思い出とか、話してくれよ」
これまでも両親を見つけてもらうために、たくさん話していたのに、どうしていまさら? と考えて、もしかしてと笑顔になる。
「お父さんたち、いたの!?」
「あー、いや。まだ見つかってない。すぐに見つかるさ。まあ、里帰りみたいなもんだな」
「……そう」
どこか切なげなセシエルの瞳にそれ以上なにも言えず、ライカはただ見上げていた。
──牽引タイプのため、セシエルが運転しているときライカがトレーラーにいると直接のやり取りは出来ないが、通話器を設置しているので寂しさはなかった。
<もうすぐ着くぞ~>
「わかった!」
通信機から聞こえてきた声に大きく頷く。
二人は、数日をかけてテキサス州に戻ってきた。十日ほどしか離れていなかったのに、トレーラーの窓から見える風景はやけに懐かしかった。
少し拓けた場所にトレーラーを駐めると、敷地に建てられている家屋から四十歳を過ぎたと思われる男が出てきて近づいてくる。
ライカは男の体格の良さに警戒したが、セシエルはドアを開いて男に手を上げて挨拶を交わした。躊躇いがちにトレーラーから出てきたライカを呼んで、男を手で示す。
「こいつは俺の友人でジャックだ。しばらくこいつの土地に世話になる」
「よ、よろしくおねがい、します」
「おう。よろしくな!」
青い目で見下ろし、ブラウンの短髪はバサバサで笑いながら無骨な手を少年の頭に乗せる。
セシエルはその様子を眺めながらジープをトレーラーから外してライカの肩に手を置き、ジャックと目を合わせた。
「少し頼まれてくれるか」
「ああ。いいぜ」
「ライカ。ちょっと用事で出掛ける。ジャックに昼飯を食べさせてもらえ」
「え。うん。わかった」
不安ではあったがトレーラーを残して行くし、食べ物も貰える事で置いて行かれる訳じゃないのだと安心して了承した。
──セシエルは、白衣を着た五十代ほどの男に一枚の扉の前に案内された。
中に促され、開かれた重たい扉から神妙な面持ちで滑り込むように足を踏み入れる。コンクリートに囲まれた室内には金属製の大きな収納棚がありステンレスのデスクが数台、寂しげに中央に設置されていた。
どこかひんやりとした部屋は、地下に造られる理由があるのだろう。中央の台にはビニールシートが二つかけられていて、そこに何があるのかをセシエルは知っている。
目で合図されて覚悟を決め、男がめくったシートから現れたものに眉を寄せた。
「……。犯人は」
「まだ」
短く紡がれた言葉に口の中で舌打ちをして、横たわる血の気のない裸の男女を見下ろす──
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