◆第三章

第六話*マジで凹む

「そんな馬鹿な」

 セシエルはスマートフォンの画面に険しい表情を浮かべた。

「本当に殺し屋だって?」

 キラー・ローズと呼ばれ、金さえ積めばどんな理由であろうと、相手が赤子だろうと依頼を受ける。セシエルとは対極たいきょくにある人間だ。

「どっちが冷徹れいてつなんだよ」

 深い溜め息を吐き肩を落とす。

 だったらどうして、彼女はあいつベリルを捕まえようとした。いや、何故、自分で捕まえなかった。どうして俺に嘘を吐いてまで依頼をしたんだ。

 自分では出来ない理由でもあるのか。

 いくら相手が優秀な傭兵とはいえ凄腕と言われていた彼女アンジーが、わざわざハンターを雇って捕まえさせるなんて妙だ。

 もっと調べたい所だが仕事もしないと明日の飯も危ういな。さすがに情報屋を使いすぎた。

「仕方ない」

 仲介屋に連絡するかと空を見上げたとき、スマートフォンが着信をメロディで伝えた。

 仕事を斡旋あっせんする業者を仲介屋と呼んでいる。職業それぞれの専門もいれば、全般的に扱っている者もいる。

 セシエルは幾つかの仲介屋と契約をしており、しばらく依頼がない場合に連絡をつないでいる。

「お?」

 仲介屋に連絡する前に依頼がきたようだ。

「──そうだ。わかった、すぐに向かう」

 依頼主の声色からして若い女性だと思われる。依頼の内容や細かな話をするために合う約束をして通話を切り、車のエンジンをかけた。



 ──オクラホマ州

 アメリカ合衆国南中部に位置し、北はコロラド州とカンザス州に、東はミズーリ州とアーカンソー州、西はニューメキシコ州、南はテキサス州と接している。千八〇三年までフランスによる領有が続いていた。

 州都は州の最大都市でもあるオクラホマ市。

 六つの国立公園あるいは国立保護地域、二つの国有林と国立草原、野生生物保存保護地域のネットワークがある自然豊かで温暖な地域だ。

 セシエルは、傾きかけた太陽の陽射しにまぶしさを感じながら公園で戯れる家族を横目に速度を落として住宅街を進んでいた。

 庭で女性が一人、そわそわしている姿を捉えてゆっくりと車を寄せると、女性はセシエルに気がついたのか手を上げてガレージに促した。

 庭の芝生は良く手入れされている。家は一般的な造りで、白い壁が女性の清潔さを物語っていた。

「クリア・セシエル? ようこそ。よく来てくれました」

 不安な面持ちながらも挨拶は怠らない。形の良い手を差し出すとセシエルはそれに応えて優しく握り返す。

「まずは依頼の内容を聞きたい」

「どうぞ、こちらへ」

 玄関扉を開きリビングに案内する。

 室内は整えられているものの、何か寂しげにも思えた。それは女性の表情のせいだろうか。心をどこかに置いてきたようなその瞳には、輝きが見当たらない。

 女性はセシエルにソファに座るように促し、互いが腰を落とすとおもむろに口を開いた。

 アビゲイルと名乗り、すいと写真をセシエルの前に滑らせる。探し人かと写真を手にしたセシエルは、声が出そうになるのをなんとかこらえて女性を凝視する。

「その男を連れてきてください」

「──理由は?」

 尋ねるとアビゲイルは一瞬、歯を食いしばり直ぐ顔を伏せた。

「兄さんが、行方不明で……。調べたら、この男が最後に兄さんと会っていたことがわかったんです」

 やっと見つけた手がかりに私は喜びました。

「なのに、何度も連絡したけれど、会ってくれないんです」

 弁護士まで通して頼んでも「忙しい」との冷たい返答に、業を煮やしたアビゲイルは強制的に会うためハンターを雇うことにした。

「なるほど」

 そうして俺に依頼をしてきたのか。しかし、なんだってこうタイミング良くぶち当たるのかね。ハンターなんてごまんといるっていうのに。これはもう運命か?

 顔をしかめて、渡されたベリルの写真を見下ろした──



 セシエルは「すぐに返答はできない」と、一週間以内には連絡する約束をして、その間に彼女について調査を行う。前回の二の舞はごめんだ。

 ──とはいえ、アンジーの時の失敗を思い起こせば、どうしてあんな情けない行動に出たのか解らない。考えられることと言えば、彼女が俺好みだったことだろうか。

 アビゲイルを調べたが、アンジェリーナのような嘘は吐いていないようだ。彼女の兄は本当に行方が知れず、姿を消してから一ヶ月ほどになるらしい。

 彼女の兄の名はビル・フォスター。元陸軍で今は探偵をしている。

 行方不明になる前に、とある夫婦から息子の捜索依頼があったとか。その息子を見つけたと夫婦に連絡があって直ぐ、ビルは姿を消した。

 普通に考えれば、その息子が関係しているんじゃないかとなるだろう。

「まずはビルが受けた依頼の詳細だな」

 ビルの事務所がある建物を前に肩をすくめた。

 事前に建物を管理している会社に連絡をして立ち入りの許可をもらい、受け取った鍵で扉を開く。一ヶ月のあいだ主人のいなかった部屋はそれほどほこりっぽくもなく、窓の隙間から差し込む陽射しが久方ぶりの訪問者により舞い散る埃をキラキラと照らしていた。

 明かりを付けてデスクをあさりつつパソコンを起動させ、幾つかの書類に目を通す。

「捜索依頼──これか」

 依頼主はマーク・ウェイブル。行方不明の息子、デイヴィッドを探してくれと依頼をしている。

 ビルは軍人だった時の伝手つてを利用して探偵業をしていた。なるほど、顔の広い奴なのか。パソコンを見ると、同じ内容が書かれたページがある。

 どちらかが消えたときにと、しっかり予備を作っているのは流石さすがだな。

 特に大きな怪我もしていないビルが軍を除隊したのは、病気の母を亡くしたからだ。母親の体が弱いことを知りながら傍にいることもせず、派遣先で母の死を知らされた。

 後悔はビルの心を蝕み、ほどなくして軍を除隊した。しばらくは仕事にも就けず、引きこもりの毎日だったが妹の助けもあって探偵業を始めた。

「苦労人だな」

 思い出してつぶやく。

 ひと通り見回し、荒らされていないことから仕事絡みじゃないようだと推測した。しかし、それ以上は解らない。

「俺は探偵じゃねえんだぞ」

 頭をかきながら、データを移したUSBと書類を手に建物から出た。



 ──とにかく、ベリルに会う事が先決だ。何がなんでもキースに教えてもらわなければならない。

 正当な理由がある、引き下がる訳にはいかない。そういやあいつ、ベリルとそれなりに交流がありそうだが、どこまでの仲なんだ?

 付き合いは長いが、俺はあいつのプライベートをよく知っている訳じゃない。

 そんなことを考えながらスマートフォンを手に取りキースに電話をかける。

<なんだよ。なんか用でもあるのか>

 案の定、機嫌が悪い。舌の根も乾かないうちに電話をしているんだから、そりゃあ当たり前だな。

「すまん。どうしてもベリルと会わなきゃいけないんだ」

<んあ? なんだよ>

 殊勝しゅしょうな態度の俺にキースは驚いたのか声がうわずっている。

「話を聞きたいだけなんだ。争うつもりはない」

<理由は>

 問われたセシエルは正直に答える。

 キースは終始、大人しい友人を信用したのか、溜め息を吐きつつもベリルの居場所を教えた。そのなかで二人の間柄を訊いてみると、何度かベリルから要請を受けていて、ある程度の信頼をされているらしい。

 そういうことで、キースは気軽にベリルと電話のやり取りが出来るまでになった。ベリルからの信頼は他の傭兵の間からも絶大な信用を得られるらしく、複数回の要請を受けたキースはそれなりに顔が広い。

 どちらかと言えば厄介がられる自分とは大違いだなとセシエルは眉間のしわを深く刻んだ。家は倉庫代わりでほとんど帰っていないし、家族もいなければ妻子も恋人もいない。

 家族や恋人もいないという部分ではベリルと同じでも、稼ぎと顔の広さは雲泥の差だ。政財界にも強いパイプがあるとか、とんでもない世渡り上手だな。

 アンジーに受け渡すまでの短い間の印象たが、あんな調子で人望が厚いっていうのも不思議でならない。

 俺は友人と言ったらキースの他には数人くらいで金もなければ、ましてや富豪の知人も権力者に顔見知りすらいない。

 いや、FBIにはいくらかいるかもしれない。色々と面倒を起こして、煙たがられているだろうがな。ハンターなんだから警察やFBIに目を付けられることなんて当たり前なことだ。

 なんだったらCIAにもリストに入れられている可能性がある。

「……ええい。考えるのはやめだ」

 段々、自分が情けなくなってきた。

 まずは、いまの仕事をこなすことが先決だ。

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