第五話*怒られた

 ──セシエルは病院から出て舌打ちをする。

「なんだって、こんなことになっちまったんだ」

 男三人は死に、アンジーは一命を取り留めたものの意識が戻らない。

「このままで済むと思うなよ」

 そこにスマートフォンが着信をメロディで知らせる。

 表示された名は友人のキースだ。アメリカ陸軍に所属していたが数年前に傭兵に転身した。

 ハンターの俺が言うのもなんだがフリーの傭兵なんて補償はないし稼げないというのに、よくやるよと呆れたものだ。

<おい。おまえ、大丈夫なのか>

「ああ」

 随分と慌てた様子に片目を眇めた。

<どんな理由であいつベリルを探していたのか知らないが、おまえを信用したから教えたんだぞ>

 絶対に闘うなって言ったよな!? しかも捕まえたってどういうことだよ!

「あー、あー。悪かったよ。怒鳴るなって」

<あいつがおまえのことを訊いてきた>

「え? なんて?」

<怒るなよ?>

 天使は顔だけか──?

「は?」

 寸刻、唖然として直ぐ、しれっと問いかけるベリルの表情が頭に浮かんで握った拳をわなわなと震わせた。

「あんの、やろう~。だったらあいつは悪魔か吸血鬼だろうが!」

<おまえもうるせえよ騒ぐな>

「直接、俺に言ってこないのも腹が立つ」

<俺にも忠告するついでに言ったんだよ。おまえと長々、話す気もなかったんだろ>

 いくら相手が友人とはいえ、理由も聞かずに教えたことは軽はずみだったとキースは素直に謝った。そのあとにふと、ベリルが煽り文句を言い放ったのだ。

「キース! もう一度、奴の居場所を教えてくれ」

<あー……。すまん。それは無理だ>

 教えるなって止められちまった。

「くっ。きたないやろうだ」

<いや。捕まえようとしたおまえが明らかに悪いだろ>

 なに言ってんだと馬鹿呼ばわりされた。

<どんな依頼だったんだ?>

 言えよとせがまれ、セシエルは仕方なく大体の説明をした。すると余計に怒られた。

<おまえは本当に馬鹿だな!>

 あいつがそんな理由で人を殺す訳がねえだろが! こんなことなら、教える前に理由を聞いてれば良かったぜ。ハンターとしての守秘義務なんか尊重するんじゃなかった。

 それを聞いて、

「引き受ける前に確認はしなかったのか」という言葉を思い出しセシエルは奥歯を噛みしめる。

 アンジェリーナの情報に、間抜けにも調べた気になっていた。彼女の涙にほだされて慎重さに欠けていたことに悔しさは否めない。

<とにかくだ。あいつベリルの人間なんだから勘違いすんな!>

 ぴしゃりと言われてぐうの音も出ない。

<まったく。素人や新人じゃねえんだからよ>

 言い返してこなくなったセシエルにキースは溜息を漏らしたが同時に感心もした。元来、あいつベリルはわざわざ相手を挑発するようなたちじゃない。

 あいつは気に入った奴ほどいじめたがる傾向にあるからなあ。セシエルが気に入ったのか?

<また会っても変なことするんじゃねーぞ!>

「わかったよ。うるせえな」

 散々、念を押されて通話を切られる。

 まだ聞きたいことがあったのに気の短い奴だな。キースがそこまで言うんなら悪人じゃないんだろう。だったら、どうしてアンジーを撃った。それだけは許せない。

 このまま終わるには、あいつは謎が多すぎる。調べられるだけ調べてみよう。

 元々、ハンターと傭兵では仕事の場所は異なるものの、仲間をあまり持たず放浪のハンターであるセシエルは自分の世界事情でさえ、うといところがあった。

 傭兵は数人から大勢での行動が多く、ハンターは個人で動く事の方が多い。両方に顔の利く者も稀にいたりするものの、大体は同業者同士のつながりが強い。

 ベリルはすでに五年以上も前から名前が知れ渡っていた傭兵である。もちろん、優秀である事が一番の理由だが、傭兵には似つかわしくない容姿という事もあってベリルの話には尾ひれが付きまくっていた。

 おかげで悪魔のような人物だと思われ、実際に会うと目を剥いて驚かれてしまう。あげくには、会ってもいない相手に意味なく嫌われることも多々あった。

 噂を止めることは出来ず、仕方なく放置しているけれど実害が出れば容赦なく対処するようにしている。

 今回、実害があったにも関わらずベリルはこれ以上、対処するつもりはないらしい。再会することを期待しているのかもしれない。



 ──セシエルは情報屋に連絡を取り、ベリルについて詳細が知りたいと要請した。

「なんだこりゃ」

 情報を売り買いする業者は数多く。重要なものであればある程、値が張る。セシエルが使っている情報屋はそれなりに信頼する業者だが、受け取ったUSBメモリに入っていたデータに顔をしかめた。

「素晴らしき傭兵」「悪魔のベリル」の他に「不死身のベリル」「死なない死人」という通り名があるのは解った。

 しかし、他にはアンジーがくれた情報と大して変わらない。

 とはいえ、フリーの傭兵で成功率が百パーセント近いというのには驚いた。ほとんどが救出の依頼でありながら、潤沢な資金が得られている。

 企業に属していなく、依頼内容を選んでいる状態で金持ちってのはどうしてなんだと疑問に思ったが、この成功率なら慈善事業として寄付する人間は多いだろう。

 だとしたら、アンジーはどうしてベリルを殺す訳じゃなく悪者に仕立て上げて俺に捕まえさせた。ベリルはアンジーの事を知っているようだったし。

「解らない事だらけだ」

 溜息が漏れる。

 どうする──依頼主のアンジーはあの状態で依頼をキャンセルするにも、このまま何も解らず終わるのは気持ちが悪い。ベリルはもう関わるなと言ったが俺の気が治まらない。

「こうなれば──」

 とことん首を突っ込んでやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る